妙子-1
「妙ちゃん、久しぶりだねえ」
「何なの、一体」
「いやあ、妙ちゃんに会いたくなってね」
「久美ちゃんはどうしたのよ」
「どうしたのとは?」
「何で久美ちゃんの所に行かないで此処に来たのよ」
「それはまあご挨拶だな」
「失恋したブスがどんな顔してるか見物しに来たの?」
「ブスって誰のこと?」
「私のこと指名したんでしょ? なら私のことに決まってんじゃないの」
「ほう、妙ちゃんがブスだなんて誰が言ったんだ? 俺が簀巻きにして川に投げ込んでやる」
「あんたが言ったのよ」
「俺が? そんな、まさか」
「言ったでしょ。何で久美ちゃんに乗り換えんのよって聞いたらブスより美人の方が好きなんだって言ったじゃない。しゃあしゃあと」
「俺が? そんなこと言いませんでしょう」
「言ったじゃないの」
「そんな失敬なこと言う訳がございません」
「時間が経ってるから忘れたとでも思ってんの? 一生忘れないわよ」
「まあ、来る早々喧嘩腰の話も無いだろう。ほら、水割りくらい作ってくれよ」
「自分で作んなさい」
「何て言いながらちゃんと作ってくれる所が妙ちゃんの優しさなんだよな。誰でもそれに参っちゃんだ」
「馬鹿。これは自分の飲む分作ってんの」
「あれえ、妙ちゃん水割りなんかいつから飲むようになったんだよ。ビールだってコップに半分しか飲めなかった癖に」
「あんたの顔見てあんたの隣に座ってんだから飲まなきゃやってらんないわよ。指名されたら厭でも相手しなきゃいけないんだから、こんな辛い仕事は無いわ」
「そんな冷たいこと言うなよ。まあ、いろいろ誤解があったというか、不幸な状況に陥った人間関係を修復しようと思って、節を屈して足を運んできたんだろ。そこら辺をくみ取って欲しいよ」
「不幸な状況に陥った? それは誰のせいなのよ。自然にそうなったみたいな言い方しないで頂戴。それに節を屈してって何? 臆面も無くって言うんじゃないの」
「臆面もなくとは酷いなあ。それはまあ、お互いに興奮すれば言わなくてもいいことまで口走るもんだろう。それが人間存在ってもんじゃないか」
「言わなくてもいいことじゃなくて、言ってはいけないことを言ったんでしょ」
「いやいや、ブスだなんてそんなこと思ってないんだから言う訳無いだろ。もしも仮に言ったとしたらそれは実に大人げないことだったよ。でも鏡見れば分かるだろ? 美人がブスと言われたって傷つく理由は無いじゃないか」
「久美ちゃんの方が美人じゃないの。誰が見たってあっちの方が美人でしょ?」
「いやあ、それは好みの問題じゃないの?」
「だからあんたは久美ちゃんの方が好みだったんじゃないの」
「いや、そうじゃなくてですね」
「何がですねよ」
「いや」
「いやじゃない」
「取り付く島もないな。あの時妙ちゃんだって俺のこと垂れ眼のちょび髭なんて言ったじゃないか」
「それは事実じゃないの」
「いや、事実だとしてもだ」
「だとしなくても事実じゃない」
「だから、事実だから言ってもいいっていうもんじゃないだろ」
「何でヒゲ剃っちゃったのよ」
「あんな馬鹿にされて生やしてられるかよ」
「自分じゃ気に入ってた癖に」
「そうなんだよ。クラーク・ゲーブルみたいで格好いいと思ってたんだけど、ああはっきり言われちゃうとねえ。気になってクラーク・ゲーブルの写真と比較してみたんだ」
「馬鹿みたい」
「純情だろう? クラーク・ゲーブルはいい男なんだよな。そんなのと比較してみな、自信が無くなってしまってね。それでまあ剃ったんだけど、つまりは妙ちゃんが剃り落としたのと同じことだな」