妙子-21
「あらっ、帰ってたの? 電話したら出なかったからいないのかと思った」
「ああ、今帰ったんだ」
「そう。あれっ、どしたの? 服が破けてるよ」
「ああ、乱暴な奴がいてな。ドスを振り回すんで破かれた」
「えー、大丈夫だったの? 怪我してないの?」
「ああ、怪我はしてない。服を破かれただけだ」
「乱暴な奴がいるねー。それでそいつどうしたの? もう来ないかしら」
「此処へか?」
「うん。後をつけられたりしなかった?」
「いや。後をつけてくる元気は無かったと思う」
「どうして?」
「服を破いてくれたお礼をしておいたから」
「お礼って?」
「代わりに奴の腹を破いてやった」
「え? どうやって?」
「奴のドスをお借りして」
「お借りして?」
「ああ、つまり、奪い取って破いてやった」
「えー、殺したの?」
「まさか。俺くらいの熟練になるとその辺の手加減は出来るんだ。血は出るけど内蔵までは届かないように加減して破いた」
「それじゃ、まだ生きてんのね」
「ああ、血がドバッと出たから失神したが、あんなの血を見て驚いただけで、傷としてはどうってこと無い」
「それで仕返しなんかされないのかな。大丈夫かな」
「ああ、その心配は無い」
「どうして?」
「そいつの組に乗り込んで話付けて来た」
「組?」
「ああ、地元の高木組なんだ。事務所に行って乱暴な奴がいたからちょっといさめてやったんだが、何か文句があるんならいつでも相手になるぜって言ってきた」
「えーっ、それでどうなったの?」
「いや、あそこにはちょっと知ってる奴がいるんだ。そいつが出てきて土下座するから丸く収めてやった。ちょっとばかり暴れてやろうと思ってたんだけどな」
「馬鹿。何て向こう見ずなことするんだよ」
「何で泣いてんだ」
「だって只の酔っぱらいか何かと思ってたらヤクザだったんじゃない。馬鹿」
「ヤクザでもなけりゃドスなんか持って無いだろうよ」
「馬鹿。そんなことやって自慢になんかなんないよ。死んだらどうすんだよー」
「別に自慢はしてない。お前が心配そうに聞くからもう心配要らない訳を教えてやっただけだ」
「ちょっとシャツ脱いで。良く見て上げるから」
「怪我はしてない」
「見せてごらん。馬鹿なんだから。何でそんなことすんのよー」
「何処も怪我して無いだろ?」
「うん。怪我は無いみたい」
「風呂でも入って寝るかな」
「何で逃げなかったのよー」
「何が?」
「相手がナイフ持ってたらピストル使えばいいんだって言ってたでしょ。ピストルなんか持って無いんだから逃げればいいじゃないの」
「ああ。あいつは空手はだいぶ使うらしいがドスは使えないんだ。そんな奴が振り回したってかすりゃしない。だったら逃げる必要も無いだろ」
「かすったから服が破けたんじゃないか。もうちょっとかすってたら切られてたんだよ。死んだかも知れないんだよ。馬鹿」
「いや、いきなり後ろから斬りつけられたからよけきれなくてかすった。前からだったらかすりゃしない」
「馬鹿。相手は空手使うんだろ。何でそんなのと喧嘩したりするんだよ」
「いや、空手と喧嘩は種目が違うんだ。いくら空手が強くてもそれで喧嘩が強くなる訳じゃない」
「何言ってるの。勝ったからいいけど負けてたらどうするの。死んだかも知れないんだよ。死んだらどうすんのよ」
「だからな、いくら演歌が上手くてもジャズを上手く歌えるもんじゃないだろ? それと同じだ」
「頭でも割られてたら今頃死んでるんだよ」
「だから頭割る程うまくジャズは歌えないんだよ。演歌の歌手には」
「恐ろしいこと。あー、段々怖くなってきた。体が震えてきたわ」
「お前、興奮してるな。俺の話と全然かみ合ってないぞ」
「馬鹿、馬鹿、死んだらどうすんだよー」
「おいおい、そんな抱きついてくるなよ。お前デブなんだから危ないだろ。あっ」
「馬鹿ー。研が死んだら私はどうすればいいのよ」
「ちょっと待て。重い」
「重いじゃないよー。私の話聞いてないじゃないの」
「聞いてる、聞いてる。重い、死ぬー」
「馬鹿ー。何で私を泣かせるんだよー」
「分かった、分かった。ともかくちょっと降りてくれ。これじゃ喧嘩に勝ってもお前に殺される」
「放すもんか。研なんかこうやって死ねばいいんだ」
「おい、本当に死にそうだ」
「わーん。馬鹿あー」
「そんなに泣くな。ほら、おっぱい吸ってやるから機嫌を直せ」