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記憶とstrawberry
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記憶とstrawberry-5

「ねえ、あなたは中村君なの?」
「はい。そうです」と男は言う。
「それで、その話の彼女というのは、アタシの事なの?」
「そうです。姫百合明日香さん。貴女は私の恋人でした」
「でも、アタシは二十歳で、あなたは四十くらい、でしょ?」
「そうです。ねえ、姫百合さん。昨日初めて会った時、私がなんて言ったか覚えていますか?」
アタシは首を振った。
「私はこう言いました。『私は未来からやって来た』と」
「どういう意味?」アタシは要領を得ず、解答を欲しがる。
「私は、〈あなたにとっての未来〉からやって来ました。勿論、私はタイムトラベルなどしていない。時間の流れに沿って普通に生活をしてきました。つまりは、歳をとった中村君が未来から貴女に会いに来たのではなく、貴女の方から歳をとった中村君に会いに来てしまったのです。正しく言えば、私が未来から来たのでなく、貴女が未来へやって来たんです。二十年前に忽然と姿を消し、貴女はここへやって来た。二十年後の未来へ。つまり、今、にです」
「オッサン、頭大丈夫?」
「大丈夫です」
「1+1は?」
「2です」
「29+5−35は?」
「ええと……34の…」
「本当に頭大丈夫?」
「そう言われると、自信ありませんね」
「やっぱり」とアタシは笑う。
「やっぱり、信じられませんか?」
「だって、それは余りにも非現実的過ぎるもの」
「否定はしません。……姫百合さん、着きましたよ」

車は、長い時間をかけて、ようやく果樹園へ辿り着く。辺り一面の緑。約束の苺狩り。その約束は、男の話が本当だとするならば、二十年の時を経て、ようやく叶えられる事になる。「ねえ、オジサン」とアタシは言う。
「なんですか?」
「本当にアタシが未来へ来てしまったって思ってるの?」
「そう考えるのが、一番辻褄が合うんです。タイムトラベルのせいで、記憶を無くしてしまったんでしょう」
「でも、ただ単にアタシがあなたの初恋の人に似ていて、同姓同名なだけなのかも」
「そうかもしれません」
「あなたの老化が人よりかなり早いだけなのかも」
「そうかもしれません」
「実は、あなたは彼女にフラれてあまりに辛くて、彼女が消えてしまった事にして自分を納得させようとしたのかも」
「そうかもしれません」
「ひょっとして、アタシはクローンだったりして!」
「まさか」
「でも」とアタシは言う。「アタシが未来にやって来たってのは、なかなかロマンティックかも」
「そうでしょう?」男はそう言って笑う。アタシは男の姿に、中村君の面影を探す。夢の中の中村君と彼を重ねてみようとする。でも、結局それは上手く行かない。失われた記憶はあくまで失われたままで、それが真相をあやふやにしている。その頃中村君に抱いていた思いはもうそこにはない。そして、多分それは四十歳になった中村君だって、同じ事だ。


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