記憶とstrawberry-3
予想通り、長い一本道は高校へとアタシを導いた。ほとんど駆け足で来たものだから、校門の前に立った時、アタシの息はきれぎれだった。
はあはあ荒い呼吸を繰り返しながら、アタシは校庭へ足を踏み入れる。
やっぱり、とアタシは声を漏らした。もしかしたら、と思っていたのだ。あの夢の中、中村君に告白した場所。そこはまさにこの場所だった。
アタシは校庭で足を止め、深呼吸をする。記憶を失って一か月。アタシは初めて強く、自分の記憶を何とかして呼び戻したいと思った。何かとても大切な物を失くしたような気がするのだ。
「こんなところに居たんですね」声がして、アタシは振りかえる。「ここ、見覚えがあるんだ」と、アタシは男に言う。「ねえ、あなたは誰なの? アタシを知っているんでしょ?」
男は何も言わず、ただアタシを見ている。慈しむような、少し哀しげな視線でアタシを見つめている。
風が吹いた。東から、西へ向けて。空から、ぽつぽつと雨が降り始めた。
アタシは首を振って、行こう、と促すように言った。男は何かを隠している。だが、そこに悪意はない。アタシに何も告げないのは、単に意地悪をしている訳ではない。それが、アタシには良く分かった。だから、これ以上追及するのはよそうと思ったのだ。
アタシは元来た道を戻り、男はゆっくりとした足取りで、それに続いた。
「寄り道をします」車に乗り込むと、男はそう言い、アタシはただ、頷いた。
車は街を少しだけ離れ、山道へ入った。
雨は強さを増す。山道に入ると、辺りがより一層暗くなったように感じる。
道は、やがて砂利道になった。車体ががたがたと揺れ、時折小石がボンネットの上で跳ねる。
砂利道の途中で唐突に男は車を止めた。アタシはきょろきょろと辺りを伺うけれど、何も見えなかった。建物もなければ、看板だってない。
「ここで降りるの?」ちょっぴり不安になって、アタシは男にそう尋ねた。
「ええ。ここから少し歩く事になります。傘はさっき買って来ましたから」言いながら、男はナイロン傘を一本手に取った。
「一つしかないじゃない」
「はい。相合傘です」
「そんなに小さな傘で?」
「こんなに小さな傘でです」
男は、さも当然といったように、にっこりと微笑んでそう言い放ち、アタシは溜息をつきながらがっくりと肩を落とした。
アタシは半身雨に濡れながら、男を先頭に獣道を進む。生い茂る草木には雨雫がついていて、ズボンの裾が濡れて行く。
男について来た事を後悔し始めた時、急に男は立ち止まり、アタシは背中にぶつかってしまった。
「着きました」と男は言った。アタシは男の陰から、ひょいと身を出し、前方へ視線を向けた。
獣道は、半円形の小さな広場に行き当たり、向こう側は崖になっていた。
その場所からは、街の姿が一望出来た。
「姫百合さんの住んでいた街ですよ」と男は言う。アタシは雨にも構わず、広場へ出た。雨は少しずつアタシの髪の毛を濡らして行く。「ここが、アタシの産まれた街なの?」
「そうです。姫百合さんはここで産まれました。そして、ここから見る景色が大好きでした」
「小さな街だね」
「姫百合さんが今住んでいる街から比べると、随分小さな街です。人口だって、三分の一くらいのものですから」
アタシはしばらく街の姿を眺めている。ふと視線を足下にずらすと、不自然に岩が置いてあるのに気がつく。
なんだろう、とアタシは思う。岩は縦長で、人為的に埋められたようだった。土から出ている分を考えると、相当大きな岩のようだ。
「これにも何か意味があるの?」とアタシは男に訊いた。
「実は、それを壊す為にここへ来たのです」
「壊す? この岩を?」アタシは岩に近付いてみる。確かに、こんなところにあるのは不自然だが、わざわざ壊す必要などあるのだろうか?
疑問を浮かべながらアタシは岩に触れてみた。雨に濡れているせいで、ざらざらとした感触。と、何か文字が彫ってある事にアタシは気付いた。一見、ただの傷のようにも見えるのだが、近くから見ると、それが何かの文字であることに気がつく。
アタシは更に近寄り、なんとかそれを解読しようとする。目を凝らし、一文字一文字を丁寧に読み解いていく。