記憶とstrawberry-2
夢を見ている。アタシは眠りながら、それが夢だという事を知っている。その気になれば、目覚める事だって出来そうだった。けれど、アタシは眠ったまま、受動的に夢を見ていた。
夢の中のアタシは高校生で、制服を着ていた。ダークカラーのチェックのスカートに、ラルフローレンのカーディガン。
校門の前で、誰かを待っている。何故か胸がドキドキしている。けれど、アタシは何故ドキドキしているのかさっぱり分からない。風が吹いて、アタシは校則よりも短いスカートがめくり上がらないようにと、両手で抑える。ふと視線を上げて、中村君の姿があるのを見て、ようやくアタシは告白しようとしていたのだと気がつく。胸のドキドキの原因は、つまりそれだった。アタシは中村君の事が、それはもうとても大好きで、今まで育ててくれたパパとママに申し訳なく思うのだけれど、両親よりも中村君が大好きだった。パパママごめんなさい。アタシは中村君の方が大好きだけど、それは好きの分野が違うので許して下さい、とかなんとか心の中で呟いたアタシに、で、何かご用ですか、と中村君はコンビニエンスストアの店員みたいな言い方をした。
「え?」
突然我に返ったアタシは驚いて声を上げた。
「だから、何か話があるんでしょ?」
「そう、そうなのよ」とアタシは言って、何から話すべきかを検討するが、結局は中村君が好きなので、お付き合いしてください、というような事を伝えたいのであって、従ってアタシは詩的な表現をするでも、「好き」を具体的に伝えるでもなく、その通りに喋った。
「中村君が大好きなので、お付き合いしてください」ドキドキを抱えてようやく口にした言葉に、中村君はこう返した。「大変申し訳ございません」
接客の八大用語かよ! と心の中で突っ込みを入れたと同時にアタシは目を覚ました。座ったまま眠っていたからか、首が痛む。 アタシは首を押さえながら、今、どの辺? と男に尋ねた。
「まだ、後二時間はかかりますね」と、男は運転に疲れたのか、力なく言った。
「無理しなくていいのに」
「無理もしますよ。約束したんですから」
「だって、アタシはそんな約束、全然覚えていないんだよ?」
「いいんです。私がそれを果たせれば。それより、どんな夢を見ていたんです?」
「どうして? アタシ、寝言とか言ってた?」
「八大用語がどうのって言ってました」
「ちっ」アタシは舌打ちをする。かなり微妙な発言を寝言として喋ってしまったらしい。 アタシは仕方なく、夢の内容を話す。
男は眠いのか、目を細めてアタシの話を聞いていた。
「それで、アタシは夢の中で中村ってヤツに告白したんだけど、そいつ、その時何て言ったと思う?」やや興奮しているアタシに、男はごくごく冷静に返してきた。「君はこう言われた。大変申し訳ございません、と」
アタシはまた舌打ちをして、男は楽しそうに笑った。
やがて目的地の町へ辿り着くと、アタシ達はコンビニエンスストアへ行き、朝食をとった。アタシはエッグ・サンドイッチを囓りながら、曇った空を眺めていた。今にも雨が降り出しそうだ。湿度も高く、べたつく暑さが辺りを包んでいる。
「姫百合さん、ちょっと眠ってもいいですか?」男は力なく言った。長時間に及ぶ運転のせいで、疲れは限界に達していたのだろう。
「いいよ。アタシはちょっと、散歩してくる」そう言ってアタシは車をおりようとするが、男がそれを止めた。
「眠るまで、側にいてくれませんか?」
アタシはアンタの彼女じゃねえよオッサン! と内心思ったりもしたが、アタシは渋々了解して助手席のシートに再び身を沈めた。男は数分も経たぬ内に眠りについていた。
そこを右に曲がれば、確か煙草屋がある、と思えば、確かにそこには煙草屋があった。道路を挟んだその真向かいには、金物屋が、と思えば、やはりそこには金物屋があるのだ。
散歩に出て十分足らず。アタシは、正直驚いていた。確かにこの街をアタシは知っている。しかも、ただ知っているだけではない。店の配置から、大体の全体像まで、アタシは知っているのだ。ひょっとしたら、アタシはこの街に住んでいたのかもしれない。
どうやら、記憶を失ったアタシは、名前や年齢の他に、この街の事だけはちゃんと覚えていたようだった。
この道を真っ直ぐに歩いて行けば、確か左手に高校が見えたはずだった。アタシはドキドキしながら足を速める。ここには、アタシの記憶を呼び覚ます何かがあるような気がした。