セイン・アルバート(後編)-4
翌朝、寮へと戻ったら様子がおかしかった。
聖堂から寮、その他の施設にまで白いモヤのような霧が立ちこめている。
この辺りは霧なんてほとんど発生しないし、これから暑くなるという時期に発生するなんて更におかしい。
まだ早朝だが、聖堂の方は軽くパニック状態だった。
この霧に害はないと思うが、普段は起きない現象にまみえては仕方ないだろう。
霧が出ているとはいえ、前方が全く見えないほどの濃い霧じゃない。
ここ半月で歩み慣れた道だったし、少し視界が悪くても問題なく寮へ戻る事ができる。
少しばかり早足になりながら寮へ戻り、玄関の扉を開けると・・・。
唐突に、太い植物の蔦のような物に襲われた。
「がっ!?」
完全に不意打ちだったので腹に攻撃をくらってしまった。
私服だったので鎧も何もない状態で。
怪我こそないが、痛みに悶えていると寮内に漂う怪しい香りに気がつく。
この植物の蔦・・・いや、触手のような物の元が出しているのか?
生臭く、頭がぼーっとしてきそうな…身体の奥にまで浸食してきそうな香り。
再び触手に襲われないか心配だったが、オレを素通りすると玄関が触手によって塞がれた。
触手は1本や2本じゃない。
赤紫色をした触手が何本も床や壁、天井を這っている。
これ以上は襲われる事もなさそうだがオレの腕よりも太い触手だ。
素手でなんとか処理できそうにもない。
「あー!セイン!帰ってきてくれたんだ!」
「り、リナ・・・?」
廊下の奥からリナらしき人物が出てきた。
けど・・・本当にリナ、なのか?
顔も声もリナだが・・・髪の色が金髪からピンク色へと変化している。
姿もおかしい。
ほとんど裸のような姿で、黒い装飾が重要な部分を最低限隠しているだけの格好だ。
・・・まるで、男が好みそうな本に出てくる小悪魔のよう。
「ね、早くエッチしよ!シイナは触手と遊んでるし今ならセインを独占できるでしょ?」
「待て待て!?一体何がどうなって!?」
姿は変わったが、いつも通り無邪気なリナだった。
こんな状況でエッチしようと言われても・・・困るぞ。
周りには触手だらけ。変な香りもするし、姿のおかしいリナ。
一体、何が起こってるんだよ!?
「あら?隊長さん、凄く落ち着いてますね?」
「シャリィ・・・!」
リナが出てきた方から遅れてシャリィもやってくる。
彼女は姿も変わらず・・・いつも通り。
このおかしい空間に、いつもと同じ穏やかな微笑みを浮かべながら寄ってくるのは何処か狂気すら感じる。
「最近は獣みたいに性欲に正直だったのに。今のリナちゃんの格好見ても興奮しませんでした?」
「この原因はアンタなのか!?一体何でこんな事に!?」
「もー、無視しないでよぉー。セインったらクラリスの所に行っちゃって寂しかったんだよ?」
リナが首元に抱きついてくる。
様子がおかしいが、悪意はなさそうなのでひとまず置いておこう。
今は、このおかしい状況を生み出したろ思われるシャリィに話しを聞かないと・・・!
「クラリス・・・?あぁ、外で普通のあまーい普通のエッチをして少し冷静さを取り戻したりしました?」
「それが、どうしたって言うんだ・・・!」
「・・・かわいそう」
シャリィは唐突に、哀れむようにオレへ視線を送った。
悪意のある視線ではない。
心からオレを哀れむように、慈悲深く見つめてくるかのようだった。
「隊長さんの本性は相手を辱めながらも女の子を喜ばせ、快楽を貪るのが大好きな獣のような人なのに。
その本性を恋人に見せる事ができなくて、性欲を抑えたエッチをしたせいで冷めちゃったんですね?」
「・・・何を、言ってるんだアンタは」
「リナちゃん。隊長さんはクラリスさんのせいで苦しんでるみたい。アナタが助けてあげないと」
シャリィがそう口走ると。
首元に抱きついていたリナの力が急に強くなり、首が絞まる。
こんなにも小柄な少女だというのに、どこからこんな力が・・・!?
「がっ!?」
「やっぱり!あの女じゃダメなんだよ!シイナもクラリスも!セインに相応しくないんだ!」
「あらあら。落ち着いて、リナちゃん。今からでもまだ間に合うから」
近寄ってきたシャリィがリナの手を優しく解く。
一瞬だったが首を絞められたせいで呼吸が荒くなる。
一体、どうしたって言うんだリナは・・・!?
呼吸を整えながらオレはシャリィを睨み付ける。
「けほっ!?シャリィ・・・!リナに何をしたんだ!?」
「私は何もしてないですよ?隊長さんがリナちゃんを切り捨てたから・・・少しばかり狂っちゃっただけで」
「・・・っ!」
原因はオレ。
・・・いや、何となくは分かっていたんだ。
寮がおかしくなったのは確かにシャリィのせいだが、リナの様子がおかしくなったのはオレが彼女を切り捨てたのが原因だ。
何がどうなって、リナの姿が変わったのかは分からないが・・・。
そんな風に変わるきっかけを作ってしまったのはオレだという事くらいは流石に分かる。
「ねぇセイン。皆の所に行こ?皆に私達の仲を見せつけながらいつものセインに戻してあげる」
「リナ・・・」
これは性欲の赴くまま狂った世界に身を委ねてしまった罰なのだろうか。
だが今まで以上に狂気に満ちた世界へ、連れ込まれて行っている気がする。