第一話-5
終業の鐘が鳴り、あらかた教室の席を埋めていた生徒達が、立ち上がって帰り支度に掛かり出す。
「史乃、史乃ってば!」
教室を出ようとする史乃を、由美が止めた。
彼女とは、この学校に入学してから仲良くなった一人だ。
「──もう帰っちゃうの?」
「ごめん。これから忙しいのよ。」
史乃の言葉に、由美は訝しがる。
「なに?忙しいって……。まさか男。」
「まさか。由美の勘ぐり過ぎよ。」
「じゃあ、何なの?私にも教えられないこと?」
友人の執拗な追及が続く中、史乃はどうしようかと考えた。
由美はかけがえの無い存在である──。寿明と暮らし始めたばかりで、お互いが未だ、ギクシャクしていた頃、学校も直ぐには馴染め無かった。
そんな時、声を掛けてくれたのが由美だった。
裏表もなく、いつも明るく接してくれた。
多少、我儘な点があるのは玉に瑕だが、なにより楽しい学校生活を送れているのは、彼女の存在が有ればこそだ。
「あの、今日はお父さんとの記念日なの。」
「記念日って……?」
史乃は思い切って言うことにした。
寿明と親子関係になった経緯、そして、記念日の意味を訥々と語った。
由美は最初、怪訝な面持ちで話を聞いていたが、やがて俯き加減となり、史乃の声が止んだ頃には嗚咽を挙げ、溢れる涙を何度も々拭っていた。
「ちょっと由美、大丈夫?」
由美の下瞼は、滲んだマスカラで黒くなってしまった。見かねた史乃は、バッグからポケット・ティッシュを取り出し、手渡した。
「ご、ごめん……。私、なんにも知らなくて。」
「私の方こそ、ごめんなさい。いつも誘ってもらうのに、断ってばかりで。」
友人としての至らなさを詫びる史乃。由美には、そんな姿が余計、健気に映り、涙を誘った。
由美の反応に史乃は感激した。
彼女は社交性があって快活な女の子に映る。そんな彼女だから、最初は「今だに父親との催し事なんて。」と、馬鹿にされるのではと、内心、怖かった。
ところが、そんな心配は杞憂だった。
それどころか、彼女は他人の境遇を親身に捉え、慈悲の涙を流してくれたのである。
「──今度はさ。ウチに遊びに来てよ。勿論、泊まり掛けで。お父さんも紹介するから。」
「うん!必ず行くから。」
学校を後にする史乃は、上機嫌だった。
(記念日に相応しいエピソードが出来たわ。お父さんに教えてあげよっと。)
専門学校に通う史乃は、地下鉄の最寄り駅で降りると、乗降口に隣接する駐輪場に停めてある自転車を受け取り、自宅まで十五分程の距離を帰って行く。
その道途中の商店街やスーパーで、日々の買い物をするのが日課だった。
その自転車によるものか、一年前、寿明と再会した頃の華奢で少女然とした史乃は何処にもなく、太腿は勿論のこと、胸や尻も肉付きが増し、今や成熟した女性らしい体躯に成長した。
史乃自身、少し絞りたいと思っていて、団らんの中で話題にしたのだが、その際、寿明に「今のままで十分健康的だし、第一、必要な栄養ーを削ってでも痩せようとするのは感心しないな。」と、苦言を呈され、今は成り行きに任せていた。