みどり-18
「みどり、愛してる」
「私も愛してる、陽ちゃん」
「綺麗にしてやるから、この中に立て」
みどりを風呂桶の残り湯を張った小オケの中に立たせてゴムのタイツをめくるようにそっと脱がせた。忽ち大便の臭気が風呂場いっぱいに拡がったが陽一は全く気にする様子が無い。みどりだけが恥ずかしそうに、「臭くてご免ね」と言い続けていた。
「臭いのは当たり前なんだ、気にするな。俺はこれをトイレに捨ててくるからお前は体を洗ってろ」
「うん」
陽一はタイツを裏返して手で便を水の中に落とし、便と混ざり合った小桶の水をトイレに流した。それから又風呂場に戻って体を洗っているみどりの横でタイツや小桶を綺麗に洗い始めた。風呂場の床も自分の手も綺麗に洗い落とすと漸く自分の体を洗い、濡れたタイツを持って出てきた。キッチンに新聞紙を拡げてその上でゴムのタイツをタオルで拭った。時間を掛けて丁寧に拭い、それから裏返しのままハンガーに掛けてやっと自分の濡れた体を拭き始めた。みどりはドライヤーで髪を乾かしながら陽一のすることを見ていたが、陽一が汚い作業をみどりにやらせようともせずに自分でやっていることに感心していた。おねしょで汚れたオムツも陽一は臭いとも言わずに始末してくれるのである。これが変態なら私は変態の陽ちゃんと知り合ってこれ程幸せなことは無いと思う。
「感じただろ」
「うん、感じた」
「俺もこすりもしないのに出ちゃったもんな」
「陽ちゃんが出る時分かったよ。私もあの時一緒に行った」
「そうみたいだったな」
「陽ちゃんは汚いのを全然気にしない人なんだね」
「気にするよ」
「だって平気な顔して手で綺麗にしてたじゃない」
「お前のうんこは汚いとは思わないんだ。俺のうんこだったら汚くて手でなんか触れないよ」
「へー、そうなの?」
「ああ。可愛いと思うとこんなもんなんだな。自分でもちょっと驚いてる」
「そんなに?」
「ああ」
「そんなに私のこと可愛いと思ってくれるの?」
「ああ、お前が想像している以上に」
「陽ちゃん、有り難う」
「うん。俺も有り難うって言わなきゃな。又浣腸させてくれな」
「いいよ。陽ちゃんがやりたいんならいつでも」
「ああ、有り難う。腹が減ったから食事に行こう」
「うん。またあれを穿くの?」
「いや。あれはベビーパウダー買ってきてそれでもう少し乾かさないと駄目なんだ。こっちの短い方の奴を穿いてくれ」
「で、上は?」
「この間買ったTシャツがあるだろ、ピタッとした奴」
「ああ、あれ?」
「うん」
みどりは黒いゴムのショートパンツにストレッチのTシャツを着た。リゾート・ファッションのようでもあるし、何かのコスチューム・プレイのようにも見える。陽一と外を歩くと皆が目を見張って見ている。今までみどりはなるべく目立たないように心がけていたのに陽一と付き合うにようになってからは正反対に目立つ服装ばかり要求され、まるで違う世界に飛び込んだような感じである。今までは目立つことが怖かったのに、今は目立つということが一種爽快な気分を伴うことに気が付いている。おしっこしたりうんちしたり、排泄なんていうのは汚くて忌まわしいことだと思いこんでいたのに陽一はみどりのなら汚くないと言い、それを楽しんでさえいる。これが変態なら変態の方が余程健康的で明るい考え方のように思える。誰だって排泄はするのだから、それが汚らしくて忌まわしいことであって良い筈が無いのだと思う。どうして今までこのことに気が付かなかったのだろうと不思議に思う程である。
陽一と1週間暮らしたゴールデン・ウィークが過ぎてみどりは会社の皆に変わった変わったと驚かれたが、実は変わったことを1番強く意識しているのはみどり自身であった。灰色の重たい世界が急にパステル・カラーのまばゆい世界に一変した感じで雲の上を歩いているようなふわふわした気分だった。流石にそれになじむまではかなりの時間がかかった。慣れるまでは単に恥ずかしいというだけでなく、自分が今までとは全然違う明るく楽しい世界の住人に仲間入りしたような気がしたし、慣れてからは今までの生活が無であったような気がして失われた時間を取り戻さなければならないという焦燥感にも似た飢餓意識を感じた。陽一と共に新しいこと、楽しいこと、奇抜なこと、人が驚くことをこれからどんどんやって失った時間を取り戻すのだという意識を強く持つようになったのである。