第五話-1
小一時間程で有ろうか──。微睡みの後、二人は目覚めた。
部屋には、我欲をぶつけ合った情交の余韻が、未だ、熱気と為って隠っている。伝一郎はそっと起き出し、空かしていた河原に通じる障子戸を大きく開けた。
川から心地よい涼風が吹き込み、部屋の熱気を奪って行く。すると、変化に気付いた様に、漸く、夕子も目を覚ました。
「も、申し訳ありません!何時の間にか、寝入ってしまいました。」
そう云って、横たえた上体を起こそうとした時、自分が未だ裸なのに気付くと、小さな悲鳴を挙げて周章狼狽し乍ら浴衣で隠そうとする姿が、伝一郎の笑いを誘った。
「御互い、隈無く裸を見せ合った仲だと云うのに、何を今更。」
「い、いえ。其れは其れ、此れは此れです。」
「そうかい。其れでは、緩ゝ(そろそろ)帰り支度に掛かるとしよう。」
「は、はい。」
言葉に応じて、着替えに立ち上がろうとする夕子を、伝一郎が止めた。
「先ずは、風呂に入って汗を流そう。それに、其処に溜まってる物も綺麗にしないと。」
そう云うと枕元の塵紙(ちりし)を数枚取り、夕子に手渡した。
「此れで、※1女陰(ほと)を押さえて立ち上がるといい。」
目交(まぐ)わいとは、男の子種を※2花門の奥深くで受け止める行為──。頭では判っていた夕子だが、いざ、実践に至ると、その理不尽さを知るに付けて、何とも云えない心持ちに為った。
(想像していた以上に痛いし、事を終えると中まで洗わなきゃいけないなんて。それに、やや子を授かったら授かったで……。ああ、何で女子(おなご)は、損な役回りばかりなのかしら。)
しかし、その一方で、愛しい人への想いが成就した事は、喜びの極みだと感じ入っていた。
「さあ、僕の肩に掴まって。緩ゝ(ゆるゆる)と歩くんだ。」
「も、申し訳ありません……。」
伝一郎に支えられ乍ら、再び湯殿へと向かう夕子。浴衣の前裾から股に手を伸ばして歩く姿は、とても人様に見せられ無い程、滑稽に見える。
「も、もう少し、ゆっくり御願いします。」
目交わいに依(よ)る痛みは未だ辛い様で、蹌踉(よろ)めく足を踏み出す度に夕子は眉を顰(しか)め、膝を愕々(がくがく)と震わせた。
(友人の中には、既に嫁いだ人も居いるけど、彼女達も旦那様と……。)
此の街では、夕子の様に女学校さえ進む者さえ半数に充たず、大半は、小学校を卒業すると担い手として家業や家の手伝いに終始し、夕子と同じ年齢、中には更に若い歳で親の決めた縁組みに従い、※3嫁娶(かしゅ)に至るのが当然で、かく云う夕子も田沢家に仕えて無ければ、疾(と)っくに嫁に出されていた事だろう。
それでも、級友達に比べれば自分は仕合わせだ──。顔さえ会わせた事も無い他人の家に添い遂げ、其の家族に尽くさねば為らない生活を一生送る位なら、例え、嫁娶する事は許され無くとも、好いた男に尽くす方が遥かに本望だと夕子は思った。