文香-9
「誰か家にいないの?」
「母さんがいる」
「それじゃ電話して頼めばいいじゃないか」
「駄目。鍵掛けてあるから入れない」
「お前の部屋?」
「うん」
「自分の部屋に鍵なんか掛けてんの? 中で爆弾でも作ってんの?」
「爆弾って何? 作ってないよ、爆弾なんか」
「冗談だよ。誰もお前が過激派だなんて思わない。お前んち何処?」
「中野」
「そんなら直ぐ近くじゃないか。行ってスイッチ切って来い」
「私1人で?」
「俺も一緒に行ってやるよ」
「そんならそうしよう」
「あら、フーちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でも無い」
「あっ、初めまして。前田竜って言います」
「あ、初めまして。文香の母です」
「それじゃどうする?」
「どうするって早く行って来いよ」
「どうしたの?」
「部屋のエアコンを切り忘れたっていうから戻ったんです」
「ああ、それで」
「私トイレに行きたくなっちゃった」
「おしっこ?」
「そうじゃ無い方」
「又か」
「それじゃ上がって行きなさい。お茶くらい出しますから」
「えっと、そうさせて貰います」
「フーちゃん、凄い服着ているのね」
「ああ、これは僕の好みなんです。厭だって言うんだけど、無理に着せてるんです」
「別に厭じゃないよ」
「いいから早くトイレ行って来い」
「うん。待っててね」
「待ってるから慌てないで全部出して来い」
「うん。有り難う」
「驚いた。あの子が有り難うだなんて言葉知ってるんだ」
「どうしてですか。それくらい知ってるでしょう」
「そんな当たり前の言葉使ったの聞いたこと無いから」
「そうですか? とても素直ないい子だと思うけどな」
「貴方お仕事は何してるの?」
「引っ越し会社で働いてます」
「それは大変ねえ。力仕事なんでしょ?」
「ええ、4階からセミダブルのベッド独りで下ろして来たこともありますよ。ダブルベッドだと独りでは無理だけど。痩せてるけど結構力はあるんです」
「遠くに行くこともあるの?」
「それは担当が違うんで、僕は都内と近県だけです」
「ネー、竜ちゃん。私の部屋に来ない?」
「おっ、もう済んだのか?」
「うん。いっぱい出た」
「女はそんなこと言わないでいいんだ」
「便秘だからたまってたんだね」
「だから便秘なんて言わなくてもいいの」
「あそうか」
「あー、やっぱり来て良かったじゃないか。まるでこれは冷蔵庫だ」
「本当。良く冷えてる」
「さて、それじゃうちに行こうか」
「此処でやってもいいよ。何だったら竜ちゃんが此処に泊まって行ったら?」
「は? それは落ち着かないなあ」
「そうお? そう言えば竜ちゃんのうちは何だか知らないけど落ち着くね」
「落ち着いてうんこ垂れちゃったのか」
「そうじゃないけど、そうだったのかな?」
「馬鹿。落ち着いたらうんこ垂れちゃうなんて奴が何処にいる」
「それじゃ行こうか?」
「ああ」