愛しき妹、千代子の危機-5
5.
「あら、それは奇遇ですこと・・・一頃は大勢タンゴファンの方もいらっしゃいましたけれど、昨今は寂しくなりました」
「レコードをお持ちとか?いまやCDが全盛で、レコードは貴重品です。矢張り、レコードには耳に聞こえない音の深みと言うか、味わいが素晴らしい」
「まあ、嬉しいわ、コレクションも宝の持ち腐れで・・・、聞いて頂ける方が身近にいらっしゃるなんて・・・あのう、宜しければ私のお部屋で・・・」
通された静枝の部屋の壁一面が、レコード棚になっている。
ヘヤの一隅には、HiFi再生装置がでんと構えている。金持ちの有閑マダムが金に糸目を付けず取り付けたものだろう。
静枝は、78回転の古典SPから、モダンな曲を集めたLPレコードまで、嬉々として良和に紹介する。
一頻り聴いたところへ、千代子が紅茶を盆に載せて運んできた。
「お兄様は、私よりもタンゴにお詳しいのよ」
静枝が千代子に声をかけた。
「いやいや、こんな素晴らしいコレクションにめぐり合えるなんて、奇跡ですよ、素晴らしい」
憎い嫁の兄と思うと、つい厳しくなる静枝の顔が、いまや長年の友を迎えた気の好い小母さんに変身、千代子もあっけに取られる。
「ところで、今アルゼンチンからプグリエーセ楽団が来ているのをご存知ですか」
「ハイ、聞いてはおりますが、独りでコンサートに行くのも何か気が引けましてねえ、矢張り話し相手がおりませんと楽しくありません」
「若し宜しければ、ご一緒させてください、私は行く予定にしておりますので、ご一緒頂ければ有難いことで・・・、チケットは私がご用意させていただきますので、おいで頂きさえすれば・・・」
「お義母様、そうなさいませ、折角の機会ですもの、兄は頑丈なので用心棒と思っていただければ結構ですのよ」