先輩-1
俺(広田 翼)は先輩が好きだ。
今、目の前でパフェをパクパク食べている、先輩が好きだ。
先輩は俺の一つ上で、名前は羽田結(ゆい)。喫茶店でお喋りするのが好きらしい。
放送局という部活に入って早一年。簡単に言えば、ラジオ局の真似事を主な活動内容としている。
今までサッカー一本でやってきた俺が、大学になって文化系に変えたのは、この先輩がいたからかもしれない。
一目惚れだった。
小柄な先輩に勧誘のビラを手渡されたその瞬間に、俺の中で何かが芽を出した。
放送局と言うよりは、ちょっぴりパンクな服装。短めの髪に赤いメッシュがポイントで、すぐに名前を覚えた。
でもその外見は、ちょっと背伸びしてみたかった先輩を暗に示しているのかもしれない。
本当はとても女の子らしい、可愛い先輩だった。
普段はツンツンしてて、毒もよく吐く。強がりで、意志も強く、自分を貫く。
だけどそれができなかったとき、先輩は泣いていた。
パフェを食べ終えた先輩は、コーヒーを飲む俺に話しかけてきた。
「翼くん!」
「は、はい?!」
「あんな男になっちゃあかんで!」
俺は苦笑いをしながら切り返す。
「何かあったんスか?」
「あんなぁ、ホントのレディファーストってゆーのは、荷物を持つとか、ドアを開けるとか、そんなんじゃないねんで!」
「はぁ…そうなんスかぁ…」
「そーやで!ホントのレディファーストってのはな、女の意見に耳を傾けたり、傷つかないように言葉を選んだりすることやと私は思うねん」
「な、なるほど…」
「うちの回生の男どもは全然わかってないわ。怒鳴れば黙ると思っとんねん。だから話し合いの時とか、思い通りにならんとすぐ声を荒げるんやって」
先輩の声に力が入る。
「だいたい、昔からの『男尊女卑DNA』が流れてるから、しゃーないかもしれんけどさぁ」
「ディ、DNAって…」
「それにな、私革新派やんか?新しい考え方とか、リスクの高いことはすぐ却下されんねん」
「あぁ…わかります」
先輩は身を乗り出し、身振り手振りで熱弁モードに突入しだした。
「なんか、みんな変な『輪(和)』を重んじる精神があるやんか?いつの時代もタカ派はハト派に白い目で見られて、つぶされんねんて!」
「そうですよねぇ!」
「私、翼君には期待してんねんで!」
「…はぃ??」
「次期局長になって、私のできんかったことしてや!」
先輩は茶化すようにニコッとする。
俺はぬるくなってしまったコーヒーを啜った。
「でもな、それだけじゃないよ」
先輩はパフェの入っていた洒落た器をつつき、瞳を窓の外へ遣った。
たくさんの人が行き交う商店街。そこにぽつんと建つこの喫茶店は、先輩のお気に入りの場所だ。
「他には…?」
俺は外を眺める先輩の横顔を見つめる。
先輩の瞳は人の流れを追うわけでもなく、何かを探しているわけでもなかった。ただただガラス玉のように、外の光を映しているだけだ。