耀子-1
「余計な事かも知らんけれども、君はひょっとして何か悩みでもあるんじゃないのか?」
「え? どうしてそう思うの?」
「今時の若いホステスにしては珍しくサービス精神があって一生懸命盛り上げようとしてくれているんだが、ふっと間が空いた瞬間に何だか寂しそうな表情をするよ。気のせいかな」
「お客さんは何のお仕事なんですか?」
「小説家。売れない小説家だから知らないだろうけど」
「そうですか。どんな物を書いていらっしゃるんですか?」
「いや、大した物は書いてない。僕が書く物は資源の無駄遣いのような物ばかりだから」
「資源の無駄遣いって?」
「だから紙とインクの無駄遣い」
「厭だ。そんなに謙遜しなくてもいいのに」
「いやいや、謙遜じゃないんだ。僕が書いてるのはポルノさ」
「そうですか。でも流石に小説家っていう感じですね」
「何が? 僕はそう見えるのかい?」
「いえ。私の事良く観察しているんだなって思ったから」
「ん? ああ、さっきの悩みの話か」
「はい」
「と言うことはやっぱり何かあるのか」
「ええ。悩みというのとはちょっと違うんですけど」
「ほう」
「お爺ちゃんが死んだんです」
「君のお爺ちゃん?」
「はい。私ってお爺ちゃん子だったからショックで」
「そうか」
「69歳だったから死んでもおかしくはない年なんですけど」
「でも今は69歳と言ったら少し早すぎるんじゃないのか」
「ええ。体は丈夫な方じゃなかったからずっと寝たり起きたりだったんです。でもだから弱ってきても気が付かなくて。気が付かないでまだまだ生きるって言うか、永遠に生きててくれるように思い込んでいたから・・・」
「そうか。そうだな。自分の大事な人が死ぬっていうことを予想する人はいないからね」
「はい」
「辛いことだね。まあ時間が経てばあれだけれども、それまでは辛いな」
「はい。わかっているんです」
「それじゃ僕は滅多に歌わないんだけども、今日はお客さんも少ないようだし、君の為に歌おうか」
「え? 何を歌って下さるんですか?」
「別れという曲だ」
「ミルバの?」
「え? そんなスマートな曲じゃない。僕の通った大学の寮歌で、ずっと後になって歌謡曲としても流行ったことのある歌だ」
「そうですか」