耀子-8
「私は先生の好みの体をしているんではありませんか? 洋服が似合わないくらい胸が大きいんですから」
「それは確かだ。真っ先に君の胸に目が行ったし、それで僕の関心が惹き付けられたんだ」
「顔が好みではないんですか?」
「君の顔は誰が見ても美人だと言うだろう」
「それなら、そう思うんなら口説いて下さい」
「そこまで言うのは何故なんだ? SMプレイがしたいからか? SMプレイがしたいけれども知らない男に縛られたりするのは怖いし、僕なら多少は有名人だし既に君とも何度か飲んで人柄が分かっているから安心なのか。それとも作家だから金がありそうだとでも言うのか」
「先生は意識的に目を背けていることがありますね」
「ほう。それは何だ」
「私が先生のこと好きになってしまったという事実です。先生にそれが分からない筈はありません」
「ふーむ」
「でしょう?」
「それは分かっていた。しかし何故なのかが分からない。君程の女性が何故僕のような老人を一目惚れに近いような形で好きになってしまう? そんなことが何故起こる?」
「先生は御自分の魅力を認めないんですね。まるで自分は年寄りというだけで女に全く魅力を感じさせるような男ではないと思っていらっしゃるみたい。そんなに卑下することは無いし、年寄り振るのは厭らしいですよ」
「それは有難う。年寄り振るのはポーズではないんだ。近頃老眼になってしまったり物覚えが悪くなったり体の動きも鈍くなった。それがもどかしくてならないんだが、それはもう年寄りなんだから仕方の無いことで、そういうことは素直に受け入れて物忘れとか老眼とかいうことと折り合いを付けながら暮らして行かなくてはいけないんだと自分に言い聞かせているのさ」
「そうでしたか。でも56歳には56歳なりの若い男には無い魅力というものがありますよ」
「有難う」
「先生は私にMの素質があることを見ただけで分かったと仰いましたよね。多分それだから私を指名して下さったんだと思うけど、違いますか?」
「違わない。僕は自然そういう女性を好むし、そういう女性でなければ胸が大きくとも2回目は指名したりしない」
「でしょう?」
「しかしだからと言ってそんなことをやらせる女を捜しに来た訳ではないよ。単に飲みに来ただけなんだ」
「それは分かっています。でも私がそういう女であることを分かっていて、御自分の小説を読ませようとしたり、SMの話をして私の反応を試してやろうとはなさらなかった」
「だから僕は飲みに来ただけなんだ」
「ええ。そういうところが先生の良さなんです」
「そういう所って?」
「つまりSMをやらせそうな女なら何でもいいというのではないところ。この子はそんなことをさせてくれそうだな、そういう女だな、自分の好みだなって思っている癖にただ一緒に飲んで楽しもうとしていた。それが先生の魅力です」
「随分つまらない魅力だな」
「ちっともつまらないことはありません。だって私はそういう先生の魅力に惚れてしまったんですから」
「すると君は僕が君の事をMの素質があると見抜いていたことを知っていたというのかね」
「いいえ。それは知りませんでした。でも私は自分にそういう素質があることは知っています。それに、後になってからだけど先生はそういう小説を書いているということが分かったし、それなら私の事もどういう女か見抜いていたんじゃないだろうかとは思いました。案の定見抜いていらしたんですよね。それなのに私を口説いたり誘ったりしない」
「そんなのは普通の男だってそうだと思うよ。いい女だ、これは自分の好みのタイプだと思ってもそう思う度にいちいち口説いたり誘ったりする訳じゃないだろう」
「でもそれは普通の場合です。SMが好きな男性の場合なら事情はかなり違うと思います」
「どんな風に?」
「つまりそういうことを受け入れるような女だと思えば、それを逃したりはしないもんじゃないでしょうか」
「うむ。まあそうかも知れない」
「でしょう?」
「君は16歳で処女を喪失したというし、僕の小説を読んでオナニーをしたという。いつもはビデオを見ながらオナニーするとも言った。それくらいだから恋をしたりセックスしたり、要するに男性経験も年相応かそれ以上にあるんだと思うんだが」
「ありますけど、それは悪い事なんですか?」
「いや。そういう経験は大いにあってしかるべきなんだが、僕のような年寄りを相手にした事があるのかね」
「先生は年寄り、年寄りと自分に言い聞かせるのが過ぎますよ。昔の自分に比べればそうなのかも知れないけど、他人にはちっとも年寄りには見えませんよ。それに私、お爺ちゃんが死んで分かったんですけど、自分にはかなり年上の男性でないと上手く行かないんじゃないのかって思えて来たんです」
「つまり今まで若い男性を相手にして来た恋はいずれも上手く行かなかったということなのか」
「そうです」
「僕は言っておくけどセックスに関してはまだ年を取ったと自覚していないんだ。若い者には勝てないかもしれないけれど、それなりに熟練してるつもりだし」
「それは楽しみ」