耀子-33
「どうも大変な回り道をしてしまったようだな」
「いいえ。さっきの失敗は凄く勉強になりました。縫う時にとても参考になります」
「そうか?」
「ええ。縫う時に此処でこういう風にダーツを取るんだなとか、いろいろ分かったことがあります」
「そうか。君が言ってた仮縫いとかはやらんのかね?」
「だから今仮縫いしてるんです」
「随分本格的に縫っているように見えるけど」
「ピッタリしてるから仮縫いも余程しっかり縫わないと破けてしまうんです」
「なるほど」
「これで良しとしましょうか」
「それじゃともかく着て見せてくれ」
「やっぱり胸がきつい」
「そんなことない。丁度いいよ」
「そうですか?」
「尻とウェストはもっとピッタリしている方がいいな」
「お尻はかなりピッタリしてますよ」
「いやもっと。もっと布が体の中にめり込むくらいピッタリしてるのがいい」
「それじゃ破けちゃうじゃないですか」
「そんなことはない。肉というのは弾力があるんだから詰め込もうと思えば入るんだ」
「そんなにピッタリしたのがいいんですか?」
「そうだ」
「あっ、いけない」
「どうした」
「もうこんな時間」
「それがどうした」
「仕事に行かないと」
「そうか。まだ仕事を辞めてないのか」
「辞めてませんよ。そんなに急には辞められません」
「それじゃ今日行ったら辞めさせてくれと言えばいい」
「辞めてどうするんですか?」
「その服を作ったりカーテンやシーツを作ったり、あるいは私といちゃついたり、セックスしたりSMしたり、やることはいくらでもある」
「それは愛人になれということですか? それともプロポーズだと思っていいんですか?」
「両方だ」
「両方って?」
「結婚したいけど、結婚しても愛人のようでいて欲しいという意味だ」
「先生は良妻賢母なんて嫌いだったんですよね」
「そうだ」
「先生の書く小説と同じですね」
「そう。その通り」
「もっと夢のあるプロポーズの言葉を聞きたかったんだけどな」
「それじゃ夢のあるプロポーズをしよう」
「どんなですか?」
「君のオナラの音をいつも聞きたいから結婚してくれ」
「馬鹿」
「あの音が聞こえないと私はもう生きてはいけなくなってしまった」
「もっと真面目にプロポーズして下さいよ」
「それじゃ浣腸は又するけど、もう空気は入れないから結婚してくれ」
「全然真面目じゃない」
「今のは真面目だよ。君だって浣腸されて感じていたじゃないか」
「愛し方がSM的になるからプロポーズもそうなってしまうんですか」
「そうそう。良く分かるじゃないか」
「先生にロマンティックなものを求めても無駄だから、それで良しとします」
「つまり結婚してくれるのか?」
「あんなオナラを聞かれてしまったんだから仕方ありません」
「何だそれは」
「先生に合わせるとそんな風になってしまうんです」
「今度何かの雑誌でインタビューを受けたら私と君のプロホーズに関する言葉を披露することにしよう」
「そこは作家なんだから適当に作ってそれらしくして下さいよ。間違っても浣腸だのオナラだのなんて言葉を出さないで下さいよ」
「分かっているさ。縛られるのが好きな女だけど心身ともに完全に縛るには妻にする以外無いと思ってプロポーズした。その言葉は君の人生を私の体に縛り付けたいんだという言葉だったことにする」
「流石に作家ですねえ」
「そうしたら妻は抱き着いてきて縛られなくても貴方から離れませんと言った。縛られたくないという意味かと聞くと貴方に抱きついたままの姿で縛られたいと言う。つまり私の妻は私のおんぶお化けなのです、と答えることにしよう」
「そんなこと言うと本当におんぶお化けになってやる」
「重いよ。年寄りをいじめるな」
「仕方ないでしょ。私達はSM夫婦なんだから」
「いつからSとMが逆転したんだ」