耀子-32
「何ですか、それは」
「だからそれだけの話」
「何かの暗示ですか?」
「そんな高級なもんではない。僕の実際の体験をそのまま書いただけなんだ」
「そんな夢を見るんですか?」
「ああ。書けない時には決まってそういう夢を見る」
「つまりスランプの時ですね」
「そうだ。それで眠っているはずなのに寝不足に悩まされるんだよ。不思議な現象だろう」
「そうですね。実際は眠っていないんじゃないんですか?」
「そうだろうか」
「夢って半分起きてる時に見るもんだって言うじゃないですか」
「なるほど。君は賢い」
「別に賢くは無いですよ」
「しかしいずれにしてもその作品はつまらないから話にならないと言われてしまった」
「そうですね。面白くはないですね」
「それは一体何をやっているの?」
「型紙を作っているんです」
「ほう。洋裁というのはそうやっていくもんなのか」
「そうです。人間の体は立体的だけど布は平面的でしょう? だから立体的な物を平面に分解してそれから縫い合わせていくんですよ」
「なるほど。君は凄いことを知っているんだな」
「別に凄い事じゃなくて洋裁はみんなこうしてやるんです」
「そうなのか。君が発明したやり方なのかと思った」
「まさか」
「それじゃ早く縫い合わせてくれ」
「もう少し考えてから」
「何を考えるんだ」
「これはさっきの見本の服から作った型紙ですから、これをそのまま縫い合わせればさっきの服が出来てしまいます。それでもいいんですか?」
「だからもっとピッタリしてなければいけないと言っただろ」
「だから考えているんです。何処をどれくらい削ればピッタリするのか」
「それはな、取り敢えずさっきの服を着て、体にピッタリ密着するようにあちこちで布を引っ張りながらピンで留めて行くんだ。それからそれを脱いで、そのピンで仮止めした服から型紙を作ればいい」
「先生は洋裁の経験があるんですか?」
「そんなの無いけど、頭の中で考えるだけでも分かる」
「それは立体裁断と言うんです」
「それじゃ立体裁断でやってくれ」
「私、立体裁断はやったことないんだけど、出来るかしら」
「出来るかどうかやってみればいい。失敗したら何度でもやり直せばいいんだから」
「そうですね。それじゃ挑戦してみよう」
しかし頭の中で考えるのと実際やるのとは違うようで、紀夫が言うように簡単には出来なかった。結局何度も失敗しながら従来のやり方でどうやらピッタリした服の型紙を作り上げた。