耀子-20
「インスピレーションだけで結婚まで考えてしまうのですか?」
「そうだ。なぜかと言うと僕は本質的に人間は孤独な存在だと思っている。例えどんなに愛し合っていてもあくまでも自分とは別の人間であることに変わり無い。人間は所詮死ぬときは一人で死んでいく孤独な存在なんだ。それに、どんなに愛し合っていても100パーセント理解し合えるものではない。だからこそ理解し合おうと努力するし、それが夫婦であったり恋人同士であったりする男女のつながりの強さにもなっている。しかしそれは裏から言えば100パーセントは理解し合えないという前提があることなんだ。分かるかね」
「はい」
「僕はそういうこと、つまり、人間は孤独な存在なんだということを常に強く意識しているから、逆にそうではない、そうであってはならないと思い込みたがる気持ちが強いんだ。だから好きだなというインスピレーションを感じる女性がいれば、それはもう100パーセント信頼してしまう。理解するのは後から何時でも出来る。いや、後からゆっくりやっても所詮100パーセント理解することは出来ないんだ。だからとにかく100パーセント信頼してしまう。そうすれば迷いは何も無い。理解出来ないところがあっても信頼してるからそれでいいじゃないかと自分を納得させられる。人間が本質的に孤独だと言う点は解消出来ないが、少なくとも自分には100パーセント信頼出来る女がいるという安心感は得られる。孤独だと言っても全くの孤独とはだいぶ違うぞと思えるようになる。それが君を、あるいは誰か別の女性を簡単に好きになってしまえる理由だ」
「それで今まで騙されたりがっかりしたりという経験は無いんですか?」
「無いね。この年だから少なからぬ女性と恋をしたし、振ったり振られたりしたけど、騙されたり失望したりという経験は無い」
「やっぱり女性を見る目が肥えているんでしょうね」
「そうだ。それは1パーセントの留保も無い、100パーセントの信頼を寄せてしまうことに対する神様からのご褒美だと思う。だから僕は君を100パーセント信頼しているし、君はそれに値する女性でもあるということになる。何しろ僕は女性を見る目が肥えているんだから」
「そんな風に言われるとたとえ騙すつもりで付き合っていたとしても騙そうとする気持ちなんか無くなってしまいますね」
「君は僕を騙すつもりだったのかね」
「そうじゃありません」
「それならいい」
「先生の小説に出てくる男の人はどうして皆簡単に女性を恋してしまうんだろう。それに相手の女性も簡単に主人公を好きになってしまう。何て都合がいいんだろう。でもそうでないと小説にならないからなんだろうと思っていました。だけどそうではなかったんですね。それは先生の信念であり、実際の生き方だったんですね」
「信念と言うと立派に聞こえるし、今そう聞こえるような説明をしたけれども、本当は単なる性格なのかも知れないんだよ」
「そうだとしても立派だと思います」
「立派と言われる程のこともないんだが、納得してくれたかな」
「ええ。私は怖い程幸せに思います」