耀子-19
「ところで、さっきそれで外に出て脚が震えたと言っていたが性的な感じもあったのか?」
「快感ですか?」
「うん」
「さあ。そういう感じはしなかったですね」
「どれ。確認してみよう」
「言うと思った。濡れてません」
「まあいいじゃないか。触りたいから触るんだ」
「こんな恰好して変な所を触られながら言うのもおかしいんですが」
「何だね?」
「さっき先生は私が此処にずっと泊ってもいいと仰ったでしょ?」
「ああ言った。そうしたくなったのか? いつでも歓迎するよ。荷物なんか後から運べばいいんだ」
「結婚して下さいと私が言ったら?」
「そしたら明日結婚しよう」
「どうしてなんですか?」
「君が好きだからだ」
「だからどうしてそんなに簡単に私の事を好きになってしまえるんですか? SMをするのと結婚するのは随分開きがありますよ」
「妙な時に真面目な話を始めるんだな」
「私は感じてくると真面目になるんです」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿じゃありません。こんなに感じるのはきっと私はこの人に惚れ尽くしているからだと思えて来るんです」
「なるほど。それじゃこの濡れた指をペロッと一舐めしてから真面目な話をするか」
「そんな私の目の前で厭らしいことをしないで下さい」
「こうして君のもので濡れた指を舐めるとまるであそこを舐められているような気がするだろう」
「そんな気しません」
「そうか? それではこうするとどうだ」
「私の指は別に濡れていませんよ」
「指を舐められても感じないか?」
「特に感じはしませんね」
「しかし綺麗な指をしている。白魚のような指とは良く言ったものだ」
「有難うございます」
「指よ、指よ、春の日の指よ、お前は再び水に入ろうとする魚であるという詩があったな」
「誰の詩ですか? 先生のですか?」
「まさか。僕がそんな気の利いた科白を考え付く訳がない。まあ、詩は読まないと言うんだから知らないだろうが、大手拓次という詩人だ」
「有名な人ですか」
「知っている人は知っているが知らない人は知らないだろう」
「それは当たり前です」
「そうだな」
「あっ、汚い」
「何が?」
「私の中に突っ込んだ指をそんな所で拭いたりしては駄目です。手を洗っていらっしゃい」
「そうだな。そうするか」
「どうしてそんなに簡単に好きになれるのかという質問だったな」
「はい」
「一目惚れも多少はあるし、さっきセックスをしたということも多少ある。しかしそれだけではない」
「それでは何ですか?」
「こういうことを言うと君はがっかりするかも知れないが、相手がたとえ君でなくとも僕は簡単に好きになれるよ」
「それはどうしてなんですか?」
「それじゃ君はどうして僕の事を簡単に好きになった」
「私は簡単に好きになったんじゃありません。お爺ちゃんが死んだということもあったし、先生の小説を読んだと言うこともありました」
「それで僕が君に相応しい男だと思った訳か」
「そうです」
「男を好きになるというのはそんなに理詰めなものなのか?」
「いいえ。好きになったのは単なるインスピーレーションです。それからもっと深い繋がりを求める気持ちになったのがお爺ちゃんが死んだこととか先生の小説を読んだこととかです。そういうことで自分を見つめ直して先生をより良く理解したくなったんです」
「まあ一応筋は通っているようだな。好きになるというのはそんなものではないように僕は思うが、その点は人それぞれなのだろう。僕の場合はインスピレーションが全てだ」