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フォルテとアンダンテ
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フォルテとアンダンテ-4


 国民の拍手が鳴り止んで、しばらく経ちました。しかし、なかなかアンダンテは現れません。国民は次第にざわめき、中にはアンダンテは舞台に出てこないのではないか、フォルテへの敗北を認めたのじゃないか、などと言う声が聞こえた始めた時、舞台の右手から、見慣れない男が丸めた大きな羊皮紙を持って現れました。

 その足取りがあまりに機械的なほどしっかりしていましたので、誰もそれがアンダンテだと気がつきませんでした。

それもそのはずです。薔薇を思わせる美しい金髪は短かく狩り揃えられ、群青色の制服を身に纏っていたからです。そして、同じ制服をきた大柄の男が付き添っていました。

 アンダンテは舞台の中央に立つと、しばらく俯いて無言でした。やがて唐突に顔を上げると、その端正な顔を国民に向けました。それはまるで別人のような、鷹を思わせる鋭いもので、眼光は深く輝いていました。

「……我が国は、数百年の長きにわたり、この領土を統治して来ました」

 アンダンテの言葉に、国民は唖然として息が詰まりました。

「我が国の精鋭なる軍隊は、遠く西海岸まで、すべての国を包囲し、征服しておりました。しかも国民が、そして国王も重臣も、もちろん国民にもそれに気付かずに、平和に暮らせるよう、最大の配慮を尽くしてまいりました」

 国民は魅入られたようにアンダンテを見つめています。これが、あのぐうたらで無能なアンダンテであることが信じられませんでした。

「諸国が、そして世界が、争いもなしにこれ程の間何もしないで平和で居られたのは、全て我が国の軍隊と諸国に浸透した常駐部隊の功績です。世界の歴史を知っている人ならば、人は戦わないで、血を流すことなく生きられない事を知っています」

 アンダンテは片手を大きく上げて振り下ろしまし、より大きな声で言いました。

「人は人を殺す事で生きて居られる動物なのです。国民の皆さんは殺すより殺される事を望みますか?生きるより死ぬ事を選びますか?違いますね、そうでしょうとも。だから我が国には強力な軍隊が必要だったのです」

 経済大臣がたまらず叫びました。

「我が国には軍人になるような国民も組織もないし、ましてそんな軍事費も持っておらん」

 アンダンテは意地悪そうに笑いました。

「当然の疑問ですね。ところで、国民の皆さんは南方の精霊の谷、アレグロをご存知でしょうか。アレグロの隠された岩盤に描かれた紋様を知っていますか?」

 ひとりの古老が立ち上がり言いました。

「知っておるとも。わしのひいじいさんが、あれは古代の王が隠した莫大な宝と失われた技のありかを教えるものじゃと言ったが、まさか」

アンダンテは右手の指を鳴らした。「そう、その通り」

「我らの祖先は紋様の解読に成功しそれを見つけ出しました。四頭だての馬車を百台も使わなければ運べないほどの黄金。風呂桶に一杯の宝石、そして禁じられた古代の技を」

 アンダンテは静かに指を古老に向けて突き出しました。すると、傍にいた大男が杖のようなものを古老に向け、針金のような物を指で引くと、それは轟音を放ちました。

風を切る音が空気を震わせ民衆が息を飲んだ時、すでに古老の胸から大量の血が流れ出し、古老は紙屑のように倒れ伏しました。

「この杖も『禁断の技』のひとつです。最も小さな力ではありますが、ご覧の通りです」

 アンダンテは手袋をした両手を埃を払うように叩きました。

「アレグロの紋様には、ある伝説もまた書き残されていました。それは『龍の書』と呼ばれ、それはピチカートの滝の裏にある鉄扉のなかに隠されていました。ところで、南西にある急峻な山に四方を囲まれ、誰ひとり近寄れない場所がある。その名前をご存知か」

 国民はもう、恐怖に首まで浸かり、身動きもできません。

「わらべ歌にもあるではないですか。古い歌にはいろいろな秘密が隠されているものです。そう、それはある盟約により、龍を自在に操る書物です。今すぐにでも128頭の『戦闘龍』を呼びましょうか?嫌ですか?そうですよね」

 静まり返った国民を背に、アンダンテは王様を振り返りました。

「父上がくだらない事を考えるから、こんな事になるんですよ。人を試そうとする時には、自らの命をも賭けることを意味します。お忘れですか?我が父よ」

 ずっと蒼白だった王様の顔色が紫色になり、白目をむいて椅子ごと横倒しに倒れました。鞄を持った医師が慌てて駆け寄りますが、王様はぴくりとも動きません。

「さて、以上で『この国がこれからどうすれば豊かになれるか、より幸福に暮らすにはどうしたらいいか』という愚問の答えとします。命が惜しければ、国民の皆さんは口を噤んでいることをお忘れなく」

踵を返してアンダンテは大男を従えて舞台の右袖に歩き去りました。


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