君と僕との狂騒曲-39
受験はあっけなかった。僕は第一志望の工芸高校デザイン科を受けて落ちた。(ちなみに倍率は24倍だった)そして私立黎明学園高等学校にぎりぎりで受かった。
君は本来、立川高校や国立高校に入れるだけの力があったけど、都立多摩高校に安全着陸した。
結果はどうあれ、とにかく路頭に迷わずにすんだ僕と君は、それを祝って懐かしいマイホーム・ヴァレーでキャンプをした。かなり冷え込む時期だったけど、スター・ファイア式の焚き火をして、毛布を二人で羽織っていると、とても暖かくて幸せだった。
僕らの足下には街が奏でる美しいダイアモンド・ダストが広がっている。道路沿いに続く水銀灯のワルツを踊るようなラインが流れ、樹木の影になっている蛍光灯、そして家庭が作る暖かいオレンジ色の光に満ちていた。冬は木々の葉がほとんど落ちてしまっているので、見通しが普段の倍ぐらいあった。
僕らは赤ワインのコルクを抜いて、二人だけの乾杯をした。君は不思議にワインだけは飲めるのだ。確かに、外国へ行ったら、他の物は飲めなくても礼儀としてワインだけは飲まなくてはならなくなるのを知っているから。
「ケンピは高校入って、何をするの?」
「んー、とりあえず音楽。それから美術。あと、いろんな悪いこと。吉祥寺だし」
君はけらけら笑った。君の笑顔を見た人は少ないけど、こんな眩しい笑顔を見せる少年はそうそう居るもんじゃない。
*
「マキは?」
「うーん。とにかくバイリンガル。それからヨーロッパの何処かへ留学」
「あはは。とにかくほとんどお別れだね」
僕は笑いながら涙を流した。嗚咽が止まらなくなった。
「こ、こんど会うときは、きっと、お互い分からなくなるかもね。」
君は僕の肩に手を伸ばして強く握った。
「ケンピは天才だから、多分有名になるだろう。僕を忘れないで欲しいな」
「き、気楽に言うなよ。僕はきっと身体に酷い傷を作って、多分失血死するだろう。君の知らないところで眠るみたいにして、死ぬんだろうな、きっと」
僕が震えて泣いているとき、君は優しく僕の唇を吸った。暖かくて、くらくらする素晴らしいキス。そして両手で僕の首をつかんだ。
「そんなこと、僕が許さない。そんな死に方をするぐらいなら、いま、ここで君を絞め殺してやる」
冗談じゃないくらいの力で君は僕の首を絞めた。僕らシニア・スカウトは外見では華奢だけど、隠れたところでとんでもない力を持っている。
僕は嗄れた声で君に言った。
「じゃあ、約束しよう。死にたくなったら、どっちかがどっちかを殺してくれるって」
君の力がほどけていった。君の黒曜石みたいな瞳が輝きを取り戻す。
僕はぜいぜい喘ぎながら、君の肩に頭を乗せた。なんていう、心地よい耽美感。
「本当に、僕ら別れちゃうのかな」
僕の茶色の眼が君を見つめる。わかってる、って君の瞳が答えてくれる。
その夜、僕はほとんど狂乱した獣になった。君の塊を身体でくわえ、君の檸檬を搾りまくった。最後の一滴まで、何回も数え切れないぐらい君とひとつになった。
身体の震えが止まらない。外は寒くても、僕らは汗と精液にまみれ、どろどろの快楽に溺れた。もう二度とないかも知れない二人のために。僕らのために。眠らない夜、僕らは一つの果実になった。朝が来るのを拒むように、僕は君を抱きしめ、風の凪いだ夜更けに動物のように叫んだ。声は谷の中で何回もこだました。
*
神様、あなたが本当にいらっしゃるのなら、僕たちふたりを覚えていて欲しい。二つに割られた果物の僕たちが、もう一度ひとつになる運命を与えてくださいませ。時や場所が二人を隔てても、いつの日にか、きっとお互いを抱きしめられますように。時間は問いません。ただ、いつの日にか、きっと。
*
ほらごらん、山茶花の繁みに誰かが隠れているよ。
*
君と僕との狂騒曲(了)