君と僕との狂騒曲-29
「フロイラインの皆様はこちらへ」
ガールスカウトの五人はきょろきょろ見回しながら、嬉しそうに椅子に座った。
次は「ホスト」にならなくてはならない。
「我らは東京地区の住人。そそうのあることも御座いましょうが、そこは田舎者にてご容赦願いたい。」僕は指を鳴らして振り返り、「ソムリエ、今日の飲み物はなにがある」素早く君が合わせる。「冷たい麦茶、熱い紅茶、コーヒーであります」
「失礼、なにしろ男所帯なもので。なんにいたしましょう?」
「では、麦茶をお願いしますわ。大阪地区から歩いてまいりましたので」
僕はクーラーボックスの横に立っている男に手を振った。テーブルには小さなバームクーヘンが皿に盛られている。
「さて、改めてはじめまして。フロイラインの皆様。わたくしは多摩一団の花田と申します。シニアの一年です。」僕はさりげなくセブンスターを一本抜いて、ジッポで火を付けた。緩やかで緑色の風の中に煙が溶けてゆく。
「さて皆さん、どちらのガールスカウトでしょうか。紹介してくれるとありがたい。ついでに何かご趣味でもありましたら、どうぞ」
君は一流ホテルのウエイターみたいにトレイを持ち、腰を曲げないで膝を折って、ひとつづつ丁寧にテーブルに麦茶を置いた。綺麗に汗を浮かべたグラス。君には手抜かりがないし、なにしろ清潔感のかたまりみたいな男で、しかも色白の美しい顔立ちをしている上、君の得意なまじめな物腰だ。彼女らもまんざらではなさそうだ。
「私たち、名古屋ですの。名古屋中央一団」背が高くて、ベレーを脱いだあとのさらりとしたボブヘアーがよく似合っている。
「私は相川。相川礼子です」
「ほうっ名古屋ですか。あのやたらと広い道で有名な。確か日本で一番大きい歩道橋があるとか。」相川礼子は少し目を大きくした。こりゃどっから見ても美人だ。
「よく知っているんですねえ」
「ええ、まあ。名古屋のカツ丼にはびっくりしましたが」
少女達はとたんにうち解けた。あったかい感じですぐわかる。
「私はねえ、小山田初美。実家はカツ丼作ってます。」ぺろりと舌をだした。可愛い系。
「中村恵美子です。ういろうって知ってます?」
僕の検索機械が素早く回転する。「青柳のういろうですね、ファンですよ。それにきしめん。鰹節大盛りで食べるのが通だとか」
さすがに彼女らは目をあわせた。
「花田さんは名古屋のどこに居たんですか?」
「どこにも居ませんよ。でもあのしゃちほこの遊覧船には乗りたくないなあ」
「尾崎亜美です。趣味は音楽、フォークとか」ちっちゃいけど凛々しい不思議ちゃん。
「なら来るところ間違ってません?中津川があるじゃないですか」
尾崎という子は眉を寄せた。「そうです。でも一緒に行ってくれる女の子もいないし、一人でなんかとんでもないし、残念です。」ちょっと悲しそうだったけど、いきなり顔を輝かせた。「でも、5月に春一番には行けたんです。」
「うんうん。ザ・ディラン、友部正人。趣味いいですね。」「ホント?じゃあ、私のお目当て知っている?
僕は目を閉じて指先をこめかみに当てた。「長い髪の毛、美声。つまり大塚まさじ」
「あなた、占い師だったの?そうなの?しんじられないわ。」
「んーん。たまにはね」僕は心の中で冷や汗をかきながら飛び上がる衝動を抑えた。
最後の女の子は「魚形彩子です。趣味は水泳とか」スポーツ系の細身だ。唇美人。
それからガールスカウト5人と僕は、いろんなジャンルの話をした。ときどき解らなくなると君に目配せをすると、適切なアドバイスをくれる。実に楽しい時間。そして楽しい時間ほど時は早く流れる。
やがて相川礼子嬢が立ち上がった。
「私たち、今日帰らなきゃならないんです。バスで。だから最後にって一回りしたわけ。そして最後の最後にここに呼ばれたの、すごく嬉しかったです」
君はぬかりなく色紙を二枚テーブルに並べた。
「名前とか、書いてください。それから名古屋中央一団の住所があれば最高です。もう一枚は、そう、僕ら日野一団。余ったところには、書きたい人が書いて」
僕は日野一団用の色紙に、すばやく相川礼子のクロッキーを描き上げた。
「これ、レイコの顔」尾崎亜美が相川礼子の顔とクロッキーを何度も何度も見比べた。「下書きもしないで。凄ーい。いろんな事知ってて、占い師で、画家なのね」
「さて、何もなしで終わるのもなんだ。マコ、合唱のとこ頼むね。出来たらみんなも。なに、みんなよく知っている歌だよ」
僕と君は外へ出ると、伴奏なしで「翼をください」をかなり高いキーで歌った。
いま わたしの ねがいごとが
かなうならば つばさが ほしい
こどもの とき ゆめみたこと
いまもおなじ ゆめにみて いる
(それっ!)
このおおぞらに つばさをひろげ
とんで ゆきたいよ
かなしみのない じゆうなそらへ
つばさ はためかせ ゆきたい
歌い終わり、君と僕はボーイスカウトのズボンの下を引っ張りポーズを決めた。
「じゃんじゃん!」名古屋のガールスカウトはもとより、東京三多摩全員から拍手を貰った。それもスタンディング・オベーション。
「ありがとう、また会いましょう。名古屋中央一団のフロイライン」
「うん!絶対ね。名古屋にも、遊びに来てね!」「ええと、バレエ知ってて、占い師で、画家で、歌手。帰りたく無いなあ」ぶつぶつ言っている亜美の肩を僕は優しく叩いた。
「楽しみは取っておいた方が幸せになれるよ。信じなさいって」
五人のガールスカウトは道を何度も振り返り、笑いながら午後の穏やかな陽射しの中を遠ざかり、やがて水色の制服は陽炎に揺れ、見えなくなった。