誓いのペンダント-32
「唯が好きか・・・」
浩之はつぶやいた。浴室なのでよく響く。
唯の唇の感触が、まだ残っている。正直に言えば、あの時、抱いてしまおうと思った。だが、白木のことを思い出したのだ。
白木に汚された女。自分でもバカバカしいと思う。こんな女々しい男だったのかと思う。だが、唯はいつまでも無垢なままでいて欲しかったのだ。
白木の手で乱れている唯を見た時、裏切られたと思った。それは、浩之の勝手な思い込みに過ぎないのだが、あの時の屈辱を忘れたことはない。あの時の唯の姿は、浩之が見たこともない姿だった。顔を赤く染め、白木をうっとりと見つめていた姿。臆面もなく淫らに喘いでいた姿。それは、浩之には向けられず、白木が独占していた。そう思うと、腸が煮えくり返ってくる。
「はあ・・・・・・」
浩之はため息をついた。
本当にそれだけのだろうか。ただ、恐かっただけではないのか。
唯が帰ってきた時、唯は浩之のことを罵った。浩之より、白木のほうがよっぽどいい。浩之はつまらない人間。その通りではないのか。白木のよって、散々快楽を仕込まれた唯を、自分が満足させることなど出来るはずがない。もし、唯が失望してしまったらどうするのか。やっぱり白木のほうがよかったと思ったら、どうすればいいのか。
こんなことを思ってしまう自分は、やはりつまらない人間なのだろう。浩之はそう思った。今までは、兄という武器がついていた。それがなくなり、一人の男として唯と向かい合った時、やはり唯は自分に失望してしまうのではないか。それは、浩之という人間そのものを否定されるような気がして恐ろしかった。
「お兄ちゃん」
唯の声だ。いきなりで驚いた。
「な、なんだ?」
「入るよ!」
「は、はあ?」
唯がドアを開けて入ってきた。浴室を仕切るガラス戸から、唯が服を脱いでるのがわかる。
「お、おい。何してんだ!」
唯はまるで聞こえていないかのように、服を脱いでいる。
どうすればいいのだろうか。そう迷っているうちに唯が浴室に入ってきた。
「お、おまえ・・・」
何も着ていなかった。バスタオルで隠してもいない。
あまりの衝撃に、声もでない。
「やだもうっ、あんまり見ないでよ」
なら、入ってくるなよ、と思ったが、流石に言えない。
唯は何事もないように、体を洗い始めた。
浩之は唯から目を反らす。恥ずかしくてまもとに見ることなど出来なかった。
「お兄ちゃん。ちょっと場所開けて」
「う、うわっ」
唯が一通り洗い終わると、無理やり浴槽に入ってくる。
「よいしょ。う−ん、ちょっと狭いね」
どうすればいいのだろうか。浩之の思考はパニックをおこしている。
唯は昔から、おとなしいが、突然とんでもないことをしでかすことがあった。だが、ここまでおかしくはなかったはずだ。
「お兄ちゃん」
「えっ! あ、ああ・・・」
「うふふふ」
「な、なんだよ」
「久しぶりだね。二人でお風呂に入るの」
「ああ、そうだったかな」
かなり昔のことだ。だが、まだ覚えている。
「おまえは嫌がってたな。俺と入るのは」
「そうだったかな?」
「そうさ。おまえは一人でお風呂に入るのを恐がったくせに、俺と入るは嫌がったのさ。母さんが遅くなったときは、俺が入れてやらなきゃいけないのに、おまえは嫌がって押し入れに閉じ込もって籠城してたんだよ。苦労したぜ」
「ほんと? つまんないことばかり覚えてるのね」
「おまえは押し入れに入ったのはいいが、俺がしばらく黙ってると、泣きやがるんだよ。暗いのは恐いってな。まったく、我が妹ながら、なんでこんなにアホなのかと思ったよ」
「む−−−。それなら、お兄ちゃんだって、小学四年生になるまで自転車に乗れなかったくせに。私はずっと前から乗れたのに。自転車に乗れるようになったのだって、私が教えてあげたからじゃない。我が兄ながら、情けないと思ったわよ」
「おまえ、つまんないことを覚えてるんだな」
「フフフ・・・」
二人とも、声を上げて笑った。