誓いのペンダント-20
弁当を届けろ、である。
浩之は、唯に会うのは気が進まなかった。あのことを見て以来、唯とはまともに話していない。
白木と唯が抱き合う姿を、ことあるごとに思い出す。その度に、心臓を鷲掴みなされるような苦しさに襲われるのだ。
だから、気が進まなかった。そのことを言うと義母に言うと、珍しくムキになって届けろと言われた。義母なりに浩之と唯のことを心配しているのかもしれない。そうでなくても、最近の唯はおかしい。妙に明るかったり、塞ぎ込んだりする。
『浩くん、頑張ってね。浩くんは頼りになるお兄さんなんだから』
今朝、そう言われたのは、何とかしろ、という意味なのかもしれない。もしそうであっても、残念だが、浩之には何もすることは出来ないだろう。
階段を降り、一つ下の学年の階に行く。さすがに、気持ちのいいものではない。早く用件を済まして帰ろうと思った。
唯にはメ−ルで連絡している。教室の前で待っているはずだ。唯の教室を目指す。
「おい、唯。弁当忘れていったぞ。まったく、なんで俺が」
「うん・・・」
「どうしたんだ? 調子でも悪いのか?」
「いや・・・なんでも・・・ないの・・・」
とてもそうゆうふうには見えない。唯は壁に寄りかかって、肩で息をしていた。顔も赤い。
「おい。なんでもないじゃ、ないだろう。朝からなのか? 具合が悪いのは」
「ああっ・・・」
「唯!?」
唯が浩之の方に倒れ込んできた。浩之が抱きかかえるような感じになる。
「ハア、ハア、ハア・・・ああっ・・・」
唯の荒い息遣いが聞こえる。かなりやばいのではない、そう思った。
「とりあえず、保健室に行こう」
「待って・・・」
唯が顔を上げる。潤んだ瞳だった。
「ああっ・・・お兄ちゃん・・・」
喘ぎ声ともとれる声。頭にあの時の光景が浮かぶ。
「おまえ・・・」
「アハッ・・・アアッ・・・ダメッ!」
唯が浩之を突き飛ばした。慌てた様子でスカ−トを抑える。
浩之は目を見開いた。唯の太股からツ−ッと液体が垂れてきている。
「な・・・!?」
唯と目が合う。今にも泣き出しそうな目をしていた。
「あは・・・アアッ・・・ヒャアアア!!」
唯はその場にへたり込んだ。
廊下にいる生徒が何事かとこちらを見る。
「唯・・・おまえ・・・」
「ごめんなさい・・・私・・・」
唯は立ち上がると。浩之の手を振り払って、逃げるように去っていった。
「お、おい!」
唯のへたり込んでいたところに、小さな水溜りが出来ている。
「ありえるはずがない・・・」
そう、ありえるはずがない。いくらなんでも、そんなことがあるはずがない。浩之は自分にそう言い聞かせると、ここから逃げるように立ち去った。
暗い部屋。浩之はベットに横になっていた。
太股から流れていた液体は何だったのだろうか。あの声。あの顔。答えはわかっている。だが、それを認めたくはなかった。
もし、浩之の考える通りだったとして、自分に何が出来ると言うのか。唯はもう、浩之の知っている唯ではなくなっている。どうすることも出来ないのだ。
白木にやらされているだけだったらどうか。助けてやらなければいけないのでは。
あの声。あの顔。嫌がっているという自信はない。
『私のことは、私が決める』
唯の強い拒絶の声を思い出す。
唯はもはや、浩之の言うことなど聞かないだろう。兄としての信頼を失った浩之に、出来ることなどない。
「浩くん。ごはんよー」
「あいよー」
『浩之』とは呼ばず『浩くん』と呼ぶ義母を、母とは思えなかった。義母も浩之のことを子供だとは思っていないだろう。
浩之は起き上がって、階段を下りる。この香りは焼魚だろうか。浩之は顔をしかめた。
「今日は、浩くんの大好きなサンマの塩焼きよ」
「それは、ありがたいですね」
浩之は皮肉げに言ったが、義母は聞き流したようだ。
「ねえ。唯、帰るの遅いと思わない。ちょっと、電話してきてくれないかしら」
いつものことでしょう、と言いそうになるのを呑み込んだ。そんなことは義母もわかっているはずだ。わかって言ってるのだ。
「あいよ。電話してきます」
しかたなく、浩之は唯の携帯にかける。プルルッと、ずっと呼び出し音が聞こえる。無理かな。そう思った。浩之はそっちの方がいい。唯とはあまり話したくなかった。