誓いのペンダント-2
そこで、気づいた。唯がいない。いくら待ってもこない。不安になった。当たりはもう暗い。恐くて、あそこには行けなかった。
「唯はもう帰っているさ」
浩之は言った。みんな、何も言わなかった。
しかし、家には帰っていなかった。義母が心配した。浩之は何も言わなかった。言えるはずがない。父が帰ってきた。問いつめられた。
「馬鹿野郎! おまえは何て情けない奴なんだ!」
父に初めて殴られた。あの時の父の顔は忘れない。温厚な父の怒り狂った顔。後にも先にも、あの時だけだ。
浩之は父と一緒に、あの病院に行った。暗くて恐かったが、父はもっと恐かった。霊安室に行くと、唯がいた。
「唯!大丈夫だったか!」
浩之は駆け出していた。
「お兄ちゃん!やっぱり来てくれた!」
唯は浩之に抱きついてきた。
「ずっとペンダントに祈ってたんだよ・・・ホントに、ホントに来てくれたんだね」
唯の手の平を見ると、血が滲んでいる。唯はこの暗闇の中で、血が出るほど強くこのペンダントを握っていたのだ。
唯は足を挫いていた。だから、逃げ出すことができなかった。あの時、それには気がつかなかった。唯を騙した面白さで、いっぱいだったのだ。
唯は浩之を信じた。なのに、浩之は唯を騙した。最低の兄だと思った。だから、せめて約束は守ろうと思った。唯を守る。それだけは守ろうと。
唯は今でもあのペンダントを肌に離さず持っている。唯があの時の約束を覚えているかはわからない。だが、浩之は覚えている。唯があのペンダントを持っている限り、浩之は唯を守らなければならない。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「ん?」
「さっきのこと・・・」
「ああ。いや、あれは俺が悪いんだ。ちょっと、嫌な夢見てな。気がたってたんだ。ごめんな」
「ううん・・・」
あの夢、見るのは初めてのことではない。それに近い夢は何度も見たことがある。唯を性の対象としてみている。認めたくはないが、間違いないことだ。浩之が自慰をするときも、ほとんど唯を想像していた。
唯に対するこの想いは、今に始まったことではない。異性に興味を持った時から、唯に女を感じていた。それを唯に知られてはいけない。そう思って、必死になって押さえてきた。唯には、ただひたすらに兄として接してきたのである。
「お兄ちゃん。最近どうしたの?」
「なんだ?」
「ちょっと、おかしいよ・・・」
その話はうんざりだった。浩之は顔をそむける。
唯と浩之は仲は良かった。よくケンカもしたが、何でも話し合える間柄だった。兄妹[きょうだい]というより、友達という感じだったかもしれない。
だが、最近ぎくしゃくし始めてきた。浩之は、今まで唯に対する性への気持ちを押さえてきた。それで、今までうまくやってきたのである。ところが、唯はそんな浩之の気持ちを知ってか知らずか、最近、妙に馴れ馴れしいのだ。抱きついてきたり、くっついてきたり。それは、昔からだが、最近は特にひどくなってきた。
それは、浩之がそう思っているだけかも知れない。唯への気持ちが爆発寸前だから、そう思うだけなのかもしれない。だからといって、どうにか出来ることではなかった。