ちいさな訪問者-1
「友梨香お姉ちゃん!」
「あ、いらっしゃい。」
二階の自室のベッドに寝転んで動画を見ていた私のところに、結菜ちゃんが訪ねてきた。
私の兄の娘には仲の良いお友達がいて、結菜ちゃんはその子のお姉さんだ。つまり、姪の友達の姉。
そんな、微妙に遠い関係の私たちがどうして仲良くなったのかというと。
姪の母である私の兄嫁と結菜ちゃんのお母さんはママ友としてとても仲がいいので、よく遊びに来る。
お母さんたちがおしゃべりに夢中の間、小学校低学年の姪とその友達は母親のそばで遊んでいるのだが、高学年の結菜ちゃんには退屈らしく、いつの頃からか私の部屋に遊びに来るようになったのだ。
「あのね、あのね、友梨香お姉ちゃん、あのね…」
お目当ては私のタブレット端末。家では見ることが禁じられている、ハイティーン向けのアニメ動画を見たいのだ。
「第八話からだったよね?」
「うん!」
制服をモチーフにしたコスチュームで戦う美少女の戦士が、仲間たちと共に巨大な悪に挑む、というパターン通りのアニメなのだが…内容に少々過激な所があり、小学校どころか中学でも視聴が禁止されている所が多いと聞く。
「…。」
しょっぱなからラブラブ・ムード全開のヒロインと、彼女が想いを寄せる先輩が、唇と唇が接触ギリギリのゼロ・レンジでキワドイ会話をする様子に、結菜ちゃんの両目は全開だ。そして口は半開きだ。
譜面台に乗せた10.1型タブレット端末に向かって私と並んでベッドに座っている結菜ちゃんは、文字通り手に汗握って身を乗り出し、食い入るように画面を見つめている。気付けば私も同じ姿勢になっていた。
十七歳で高二の私ですらのめり込んでしまうのだから、十一歳で小五の結菜ちゃんにはさぞや刺激が強いことだろう。子供だといっても女の子。恋愛への興味は既にあるのだ。
「ね、友梨香お姉ちゃんはキスしたことあるの?」
ほら来た。興味津々の目をしている。
「ま、まあ、有るよ。」
「そうなんだー。」
大人はスゴいなあ、と言わんばかりのキラキラの目で見つめてきた。
「キスって、どんな感じなんだろう…」
結菜ちゃんは、夢見る乙女モードに入った。
「してみる?私と。」
「えー、女同士はしないんだよー。」
よ、よくご存知で。
「あはは!冗談だよ。結菜ちゃんの言う通り、女同士はキスはしない。」
「でもー…」
唇を巻き込むように噛み、俯いてこっちをチラ見してくる。
おいおい、まさか。
「あのね、」
「うん。」
「してみるのとするのは違うよね?」
ん?
「女同士でキスしたらおかしいけど、してみるだけなら…」
なるほどね。したらおかしいのは分かってるけど、彼女の好奇心は違う答を出したようだ。
かといって、じゃあしてあげるよーというわけにはいかない。
「唇を接触させ合う行為という意味では、どちらも同じだよ?」
子供相手に対処困った時の常套手段、ちょっと難しい事を言って引かせる作戦に出た。
「…友梨香お姉ちゃんてね、」
「何?」
「ときどきむずかしいこと言うからおもしろい。」
おも…。作戦失敗か。ならば、ちょっと困らせてあげるとしますか。
「じゃあ、面白いお姉さんとキスしてみる?」
「する!」
おい。困れよ。
「する、じゃなくて、してみる、でしょ?」
「あ、うん。してみるをする。」
マジか。私、そういう趣味は…。ロリな上にレズ?
ふとタブレットの画面を見ると、妄想シーンに突入していた。全裸の二人が、完全に入ってる角度で腰をくっつけ合って花吹雪の中でグルグル回っている。十代向けアニメのはずなんだけどなあ。
ツンツン。
横から腕をつつかれた。
「友梨香お姉さん、して…」
し、してって…。いやだから、私そういう趣味は…。
結菜ちゃんはウルウルの瞳で私を見つめている。その唇はほんのり湿り気を帯びてわずかに開き、隙間から小さくて可愛い舌が…。
ううむ…。アリ、かもしれない。いやいやいや、何考えてるんだ、私。相手は小学五年生の十一歳で、しかも同性じゃないの。
「ねえ、して…」
彼女は目を閉じた。私は吸い寄せられるように顔を近づけた。
おっと、いけないいけない。頬に軽くチュ…っと。
「んむぅ?」
結菜ちゃんがイキナリこっちを向いたので、頬ではなく唇と唇がモロに接触してしまった。
「ん…」
結菜ちゃんがため息のような声を漏らした。
今、私の目の前に、キツく瞼を閉じた結菜ちゃんの顔がある。その唇の微かな震えが、私の唇に伝わってくる。
彼女は動かない。身を固くして、じっと動かない。
「っとっと…」
私の方から離れた。
「ど、どう?キスのお味は。」
ちょっと動揺してしまった私は、ヘンな訊き方をしてしまった。
「わかんない。」
おーい。唇を奪っておいてわかんないって…。
「わかんないけど…えへっ。」
手元に視線を落とし、微笑みを浮かべている。嫌な感じはしなかったようだ。
「友梨香お姉ちゃんは?」
「わ、わた…私?」
そんな返しが来るとは思っていなかった私は焦った。
「うーん、よかったよ。」
結菜ちゃんの顔に花のような笑顔が広がった。
「じゃあね、じゃあね、」
「なに?」
「…もう一回。」
「も、もう一回…」
私が躊躇っていると、結菜ちゃんは抱っこを欲しがる子犬のような目で私を見つめてきた。その時、私の胸の奥で何かがジクっと蠢いた。