蓮と巴と黒崎-3
その日の夜はバケツをひっくり返すように激しい雨が自室の窓の向こうから眺めても分かる。
「……。」
私は今魂が抜けている、いや生気を失っている。
隼人が私に見せたあの怒った顔。いや当然怒りはあったがそれ以上にその奥から見えるどうしようもない程の絶望と悲しみ。
そりゃーアンタと付き合ってみたけどやっぱり無理だった、だから御免なさい。して向こうもそっか、お前がそれで幸せなら悔しいけど身を引くよ。ていう話なら良かったのに。
付き合う前、もし彼が片想いの人によく言う「本気でなくても良いから俺と付き合って欲しい!」みたいな話ならこんな事にはならなかった。
どうしてあの時私は隼人の告白を受けたんだろう、向こうがどれだけ真剣だったか、それを私は。
「ホント、何してんだろ。」
駄目だ、どう頑張っても私が二人を傷つけたって話に戻ってしまう。
「♪ーー」
「っ!」
すると着信音が突如鳴り響き。
画面を眺めるとそこには。
「隼人…。」
意中の人の名前が表示されて。
「………。」
私は恐る恐る手に取り、電話に出る。
「もしもし?」
「……。」
そっちの方から掛けておいてまさかの無言電話。
「隼人、だよね?」
「巴…。」
僅かな力を振り絞るような枯れた声が電話越しに聞こえる。
そしてその向こうからけたたましく鳴り響く雨音。
…私は嫌な予感がした。
「隼人!?今どこに居るの!?まさか外じゃないでしょうねっ!」
「巴、俺…。」
私の問いかけも聞かず、言いたい事を続ける。
「俺、死ぬわ。」
「っ!」
予感は的中してしまった。
「ちょ、何バカな事言って。」
「だって……そうだろ?お前は俺に振り向いてくれない、俺との事は遊びで。」
「人聞きの悪い事言わないでっ!あの時私はアイツの事で弱気になってて、そこにアンタが言い寄ってきて。」
「俺のせいだってのかっ!」
「違うって!お互いちょっと気持ちがすれ違っただけで。」
「俺とやり直してくれっ!あんな奴じゃダメだって、またお前を悲しませるだけだ。」
「それは!」
違う、私は蓮が好き…とはやはり言えない。包帯巻いてあげた時は自分自身に言い聞かせようと、まだ彼も落ち着いていると思って、それに蓮の方が好き、とははっきり言っていない訳だし。
「…出来ないんだろ?ハッキリ言えよ、俺なんかただ利用しただけで気持ちの整理がついたから元の鞘に収まろうと、とんだ踏台だよな、こういうなんて。」
「もうやめてっ!いい加減分かって。」
「んなの都合良すぎだろ?」
「……。」
正論は言われる、思いっきり怒鳴られる、今にも最悪の行為に移りそう。
恐い、もう嫌だ…。
今すぐこんな電話切りたい、けどそんな事したら電話の向こうで何をするか。
「今、どこにいると思う?」
「え?」
知りたくない、考えたくもない。
「ビルの屋上だよ!雨だけど当然傘もさしてなーい♪」
「…。」
弱気な声から今度は発狂したような声をあげて。
きっと伝えたいんだ、俺は今傷ついているんだ、他の誰でもないお前のせいだ!と。
「お願い、もうやめて。」
「やなこった!俺はお前が好きだった、けどお前の本当の気持ちを知ってしまった、これじゃー一生どう頑張ってもお前は俺に振り向いてくれない、…ずっと好きだった奴と恋人になれない、そんな人生に何の意味がある!」
「分かった!付き合う付き合うよ、私アイツ何てやっぱり興味ないし、隼人はとっても魅力的よ!それに。」
「無駄だ、そう言いくるめてその場しのぎをしよってんだろ!嘘がバレバレ!どーせ職場で会ってもやっぱり付き合えないとか言いつもりだろ。」
「っ!」
もう、助けて…。
「……だからって死んでどうするの?」
「死ぬのは当たり前だろ、だって。」
「ばっかじゃないのっ!!そんな事したら一生私に会えないのよ!?」
「良いんだよ、俺じゃなくてアイツの事しか考えれないお前を見ているのは辛い。」
「そのチャンスを失うよ?」
「は?」
「今死んだら私がアンタに振り向くチャンスを失うよ、永遠に。」
「バカ言うな!お前自分で。」
「えーえー確かに言いました、私の気持ちは今限りなくアンタにとっての恋敵に傾いているわ、けどそんなの分かんないじゃない。」
「………。」
「だってずっと付き合っていた人と離れてアンタの方に行った私だよ?だったら例え私が蓮の事ばかり考えていたとしても、いつか、もしかしたら。」
ブチッツーツー
納得してくれたのか自分勝手に一方的に通話を切断してきた。
必死に思いついた事を言っただけだったけど、運よくそれが通用したみたいで。
……
「はぁーーー。」
糸の切れた操り人形のようにその場で膝をストンと床に叩きつけ、一気に力が抜けた。
私は、もう…。
そう放心してどうして良いのか分からずにいると。
「♪ー。」
「っ!?」
そんな私の気持ちも知らずに無情に再び鳴り響く着信音。
まさかまた隼人!?
あんな思いついた説教じゃ。
恐る恐る画面に目をやる、すると。
「え、蓮?」