シルビア-7
「お母さんと会うって渋谷で待ち合わせしているの?」
「いや、渋谷で店やってるから」
「何の店?」
「ブティック」
「渋谷の何処?」
「駅前のビルの中」
「へー」
「それじゃ悪いけど僕行くから」
「あ」
竜太郎は呆気に取られている純子を置いてスタスタと歩いてきてしまった。何となく純子と別れる口実が欲しくて母さんに会う用がある等と言ってしまったが、勿論そんな用事など無かった。しかし自分で言った言葉に操られるように、竜太郎の足は母の店があるビルに向かっていた。もう閉店間際だが結構まだ客はいて、母は接客中だった。しかし竜太郎の姿を認めると客を放り出して寄ってきた。
「どうしたの?」
「別に」
「何か用?」
「用が無いと来ちゃいけないのか」
「そうじゃないよ。あんたが来るなんて珍しいから。もう店閉めるから待ってなさい」
「うん。別に急がないでいいよ」
「帰っちゃ駄目よ。あっちの奥に椅子があるから座ってなさい」
レジにいた女性従業員は竜太郎のことを知らないので妙な顔をしていた。婦人服を売る店に高校生らしい少年が1人で入ってきて、レジの横の椅子に座っているから何だろうと思ったのだろう。
「あの、何方かお待ちなんですか?」
「はい」
「あちらのお客様ですか?」
「いえ、違います」
「もう直ぐ閉店の時間ですけど」
「はい」
「待ち合わせの方は此処で待ってること知ってらっしゃるんですか? 今どちらにいらっしゃるんですか?」
「この店にいます」
「え?」
母はやはり気になると見えて接客を他の従業員にまかせて竜太郎の所に来た。
「竜ちゃん、一緒にご飯食べて帰ろう」
「今ラーメン食べて来た」
「ラーメン? そんなもんじゃなくてもっと良いものご馳走するから」
「食べたばっかだからあんまり食欲が無い」
「それじゃ鯨の店に連れてって上げる。あんた尾の身なんて食べたこと無いでしょ」
「オノミ? それ鯨の肉のこと?」
「鯨の肉の1番美味い所。捕鯨禁止になっちゃったから、此処でないと食べれないんだよ。凄く高いんだから」
「別に高いのでなくていいよ」
「高いだけじゃない。マグロのトロなんかよりよっぽど美味いんだから。1度くらい食べて置きなさい。そうだ、ついでにシルビアも呼んでやろうか」
「いいよ」
「いいよ、直ぐ来るから電話しよう」
「いいってば」
「家族揃って食事するなんて何百年ぶりのことなんだから黙って言う通りにしなさい」
「何百年ぶりなんて言うと本当に魔女だと思われるじゃないか」
「誰が?」
「ママのお子さんだったんですか?」
「そう。竜太郎っていうの」
「シルビアさんのことは知ってましたけど、男の子さんがいらっしゃるとは知りませんでした」
「滅多に店に来ないからね」