シルビア-22
「さて、ABCだけど何処に行く?」
「ああ、新宿なんだけど」
「それじゃ行こうか」
「まだちょっと早いから何処か喫茶店にでも入ろうよ」
「いいよ」
「私ね。本当言うとお母さんの着てたような服を買いたかったの」
「同じようなの買ってたじゃないか」
「同じようでも微妙に違うのよ、模様が」
「大して変わりないだろ」
「ううん。あの柄が良かったなぁ。流石にブティックのオーナーともなると眼は確かなのよね。それにお客に見せる前に自分が買っちゃうんだから、叶うわけ無いわよね」
「あれはあの店で買ったんじゃないよ」
「どうして? どうして知ってるの?」
「あ、いや。母さんは自分の店で売ってる商品は買わないから」
「そうなの? でも2割も引いてくれたから得しちゃったな。今日は本当に良かった」
「そうだね」
「僕が行っても安くはしてくれないなんて言ってたから、ビックリしちゃった。私気に入られたのかしら」
「さあ、多分そうだと思うよ」
「いつもは値引きしてくれないんでしょ?」
「いつも? 僕はあそこで服を買ったりしないんだ」
「厭ね。ガールフレンドと買い物する時のことよ」
「ガール・フレンドと? あ、まあそうだな。初めて」
「感激しちゃうな。2割なんてきっと社員割引と同じくらいよ」
「へえ」
「此処のコーヒー代以上に浮いたでしょ。だから此処は私が払って上げる」
「有り難う」
「さて、それじゃ行こうか」
「うん、行こう」
純子が案内した所は新宿の駅からは少し遠い、盛り場にしては少し寂しさを感じさせるような場所であった。
「あそこ、ABCって書いてあるでしょ?」
「えっ? あれはACBだろ」
「ACB? あっ、本当だ。厭だ、私ずっとABCだって思いこんでた」
「あれはね、ACBって書いてアシベって読むんだよ」
「アシベ? なるほど。知ってたの?」
「ああ、入ったことは無いけど有名な店だから知ってるよ。生演奏のある店だろ?」
「そうなの。この間のコンサートほどでは無いと思うけど、これも生演奏だからと思って」
「そうだね」
「そろそろ時間だから入ろう。私チケット買ってあるのよ、ほら」
「本当だ」
竜太郎はキスとペッティングとセックスを期待していたのだが、世の中そう上手くは行かないようである。その為に母に服まで買ってやったとは言え、金はシルビアが払ってくれたのだし、損をした訳ではない。インターネットのお礼をしたことにもなったことだし。それに第1やはりシルビアに指摘されたとおり竜太郎は純子のことがまだ好きなのであった。自分が初めてのボーイ・フレンドでは無かったと分かって気分を害したけれども、純子は竜太郎が今までガール・フレンド無しに来たとは思っていないらしい。すると気分を害した自分が馬鹿だったのではないかと思えてくる。そしてそう思って改めて純子を見るとやっぱり可愛いのである。
「あの服シルビアが選んだんだって?」
「でも僕が払った」
「シルビアが払ったと言ってたよ」
「そうだけど、返す約束なんだから僕が払ったのと同じさ」
「で、返したの?」
「まだ出世してないから」
「え?」
「出世払いで返す約束なんだ」
「あきれた」
「それでも僕のプレゼントに変わりは無いよ」
「あの子が来るから、あんな服を着せたのかい?」
「そんなこと無い。息子の素直な感謝の気持ちを素直に受け取ればいいの」
「そうかい?」
この時風呂に入っていたシルビアが出てきて話に加わった。