シルビア-21
「わぁー、このビルだったの? これって今1番若い子に人気があるビルなのよ」
「そう?」
「もっと前に教えてくれれば良かったのに」
「でもビルがいいだけで店がいい訳じゃないから」
「素敵ねえ。こんな所にお店持ってるなんて」
「大して儲かっていないんだ」
「私も出来たらこんな所でブティックやりたいな」
「ブティックは競争相手が多いから駄目だよ」
「ブティックか花屋をやるっていうのが子供の頃からの夢なのよ」
「花屋の方がいい」
「自分のセンスで商品を仕入れて、それをお客さんが買っていって着るなんて素敵じゃない」
「花だって自分のセンスで仕入れるんだろ」
「お店に来た子の体型とか顔とか雰囲気見て服を選んで上げるの。そんなの最高ね。女冥利に尽きるわ」
「僕の言うこと聞いてる?」
「それで自分でデザインした服も置いて売ったりするの。このお店でなければ買えないブランドなんですよ、か何か言いながら」
「全然聞いて無い」
「え? 何?」
「いや、何でも無い。その店なんだ」
「ウワー、素敵」
「いらっしゃいませ。あらっ、ママの息子さんでしょ?」
「うん。母さんあれ着てる?」
「着てますよ。もう顔赤くして恥ずかしいの連発」
「どの人がお母さん?」
「あ、見えないな。何処か行ってるんだろ。まあ仕事中で忙しいから、早く服を選んで買えよ」
「あ、そうね」
「いや、気に入ったのが無ければ別に買わなくてもいいんだ。ブティックなら右にも左にも沢山あるんだから」
「あらー、オーナーの息子さんがそんなこと言っちゃ駄目ですよ。是非とも此処で買って下さいね。ママがきっと安くしてくれますよ」
「はい」
母はこの時奥でクレーム処理をしていた。忙しい時に限ってこういうことが起きる。後で聞いたら注文通りの直しになっていないから返品したいという申し出だったのだそうで、直してから返品というのはどう考えても非常識である。注文通りになっていなければ再度注文どおりに無料で直せというのが普通で、しかもその服は注文通り直してあったのだそうだ。要するに気が変わって買いたくなくなったから金を返せというのである。流石に母も頭に来てはねつけたのだが、その若い女は異常に頑固で粘りまくり、結局ブティックなんか副業みたいなものだからという気持ちの母は折れて金を返してしまったという。しかしそんな訳で母は竜太郎に会いに出て来てちょっと純子に挨拶し、『値引きして上げて頂戴』とレジに言い置いて又直ぐに奥へ戻っていった。竜太郎にとってはこの上無い展開になったのであった。
「若ーい。あの人、竜太君の本当のお母さん?」
「そうだよ」
「お父さんの後妻とかじゃなくて?」
「ゴサイ?」
「だから義理のお母さん」
「違う。血のつながったおふくろ」
「竜太君のお姉さんだと言われたって全然疑わないよ」
「そうか? でも全然似てないだろ」
「ううん、そっくり」
「えー? どこが?」
「全体の感じが」
「そうかな」
「それにしても若いのね」
「そうでもない」
「やっぱりブティックなんかやってるといつまでも若くいられるのかしら」
「だからそうでも無いよ。今日は偶々若く見えただけで」
「そんなこと無いわよ」
「そんなことあるさ。いつもはもっと老けてるんだ」
「へえ。そうなの?」
「うん。息子の恋人が来るって聞いたから張り切って若くなったんだろ」
「まさか。張り切って若くなれるもんなら、誰でも張り切るわよ」