シルビア-12
待ち合わせの場所に行くと既にその客は来ていて、コロコロ太った面白そうなおじさんだった。シルビアの服装を見て細い眼を更に細くしたのは喜んで笑ったということらしい。こんなのを喜ぶ男がいるんだなと竜太郎は不思議に思った。仮装行列じゃあるまいし。しかし男はシルビアが言うような厭な奴では決して無かった。竜太郎はシルビアと似ている所など何処も無いと思うのに他人が見ると似ているようで、
「いやあ、ボーイフレンドでも連れてくるんじゃ無いかと思っていたけど、口元がそっくりだから弟だっていうのは本当だったんだね。そっくりと言うより同じ口してるね」
などと言う。シルビアがこいつを毛嫌いするのは太鼓のように腹が出て頭のてっぺんがつるつるに禿ているからに違いない。シルビアは男の外見についての好き嫌いが激しいのである。一緒にまずパソコン・ショップに行って買い物したが、買う物は既に決まっているので時間はかからない。配達の為の略図を書いてレシートを貰うと後はデートが残るだけで、まだ5時間以上あった。しかし支払いの時も全然勿体ぶったり恩着せがましい様子は見せなかったし「結構いい奴じゃないか」などと思った。
「竜太郎君は幸せだね。僕にもこんな美人の妹がいたら良かった」
「妹じゃなくて姉です」
「ああそうだった。つい自分を基準にしてしまうんで。しかしこんな姉さんと一緒に出歩くと楽しいだろう?」
「別に楽しいことは何も無いです」
「竜太郎君と二人で出歩く時はこういう格好しないのかな」
「大体こんな感じです」
「こんな感じと言うと?」
「先週はオレンジ色のアラビアン・ナイトみたいな服で胸まで透けてました」
「何? 胸って此処ら辺のこと?」
「そんな揉むような手つきなんかしないで下さいよ。胸はそこら辺に決まってるじゃないですか」
「あ? そうだね、そうだったね」
「その前はタイツみたいなエナメルのズボンに同じエナメルの何て言ったっけ、姉ちゃん? あれ」
「ビスチェ」
「そうそれ」
「ビスチェって何?」
「この服の上半身だけみたいな奴ですよ」
「ああ。それでエナメル?」
「ええ。姉ちゃんがやたらベタベタしてくるからお返しに背中に指紋をべたべた付けてやった」
「あれは竜太郎だったのか。帰って脱いだら指紋がいっぱい付いてるから又痴漢にやられたと思ってたのに」
「痴漢ならケツに触るだろ」
「ケツにもいっぱい付いてたよ」
「それは僕じゃない。指紋を比較すれば分かる」
「そんなのとっくに拭き取ったよ」
「証拠隠滅だな」
「何言ってるの。姉ちゃんが弟にベタベタして何が悪いのよ」
「不健全だよ」
「鯨屋で言われたこと根に持ってるな」
「別に」
「鯨屋って何だい?」
「ああ、鯨の肉食べさせるレストランですよ」
「シルビアと、いや、えっと姉さんとそこに入ったの?」
「母さんも一緒だったけど」
「ほう。お母さんもシルビアみたいな感じの人なのかな?」
「全然違います。母さんは魔法使いみたいな感じ」
「魔法使いみたいな感じ?」
「ええ。いくらおじさんが派手好きでも母さんと一緒に歩くのはちょっと腰が引けると思う」
「ほーう。私はそんな感じの派手な女性が大好きなんだ」
「そうでしょうね。これがいいって言うんだから」
「素敵じゃ無いか、この服」
「そうですか。ちょっと肌触りが悪いけど」
「これは見て楽しむ為のもので、触って楽しむ服じゃ無いんだよ」