三浦涼子の灼熱のラプソディ──吟遊詩人と断罪の槌-4
何もなくなった荒野に、背中を血に染めた詩音が佇み、倒れ伏した涼子を見下ろしている。褐色の砂塵が細かく得体の知れない塵となって二人に降り注いだ。
詩音は辛うじて大地に残った崩れた塀に向かって歩き出した。
「最後は君の仕事だよ、沓水。いや、この場合『裁者』だね。よろしく」
おそるおそる塀から顔を出した沓水はばつが悪そうな微妙な顔つきで詩音とすれ違った。
沓水は三浦涼子の前に立って心持ち足を開き、腰の後で手を組んだ。まるで訓示を始める群体の司令官のようだ。咳払いをひとつする。後で見ていた詩音は、これも『裁者』の儀式の一部なのかな、と思う。
「影を歩きいずれ名のある手札の一人たる三浦涼子、その手札の名『皇姫』に間違いはないか。それともその名が偽りであればその名を晒せ」
ずっと動かなかった涼子は砂塵まみれの顔だけを回して片眼で沓水を見上げた。「スタッカート」は離れた場所に二つに折れて転がっている。
「………私は白銀のカードの『皇姫』。『影』である『フィヨルド』を統べる者なり」
「手札たる者『皇姫』。その者、『影』を歩きみだりに力を及ぼし害をなした。真の光たる『ソラリス』が統べる全ての影に於いて明暗の安定を乱し、他の影をも巻き込んだことを認めるか」
涼子の眼は黒いまま、鉛色の光を失った。
「………そうか、『裁者』の能力……私は影を失うことになる」
沓水は鷹揚に頷いて右手を高く上げた。その手の中に古色蒼然とした木槌が出現した。沓水はその木槌を確認して微笑んだ。木槌が出てきたと言うことは、何を意味するのか詩音にも理解出来た。理由はわからないが『裁者』は独断で裁くことは出来ない。それがなぜ沓水を選び、カードに刻み、どういった理由と根拠を持って出現するのかは誰にも解らない。ただ、その力を発動する義務が『裁者』に生じる。詩音でさえ、本物を見るのは初めての事だ。
「…って事は、つまりそういう事だ。悪いな、三浦先輩」
沓水は木槌を大きく天に掲げ、振り下ろした。水晶が砕けるような音が雷のように響き渡った。それは聖なる鐘となって木霊し枯れきった大地から青い芽が一面に伸び上がった。
「これって、36本だよね数えたくはないけど」
沓水は珍しく穏やかに笑った。「ああ、多分な。おれも数えたくはないよ」
三浦涼子は歯を食いしばったまま倒れ伏していたが、やがて霧が晴れるように透明になり、消失した。そこにはただ、人が藻掻いたような痕だけが残っていた。