三浦涼子の灼熱のラプソディ──吟遊詩人と断罪の槌-3
詩音は砂塵の中に倒れたまま意識を失った『皇姫』だった三浦涼子のそばに片膝を突いて耳元で言った。涼子は聞こえているのか居ないのか、微動だにしない。
「いくら命令されたとは言え、自分を率いる者に鍵盤を叩くことは人間には出来ない」
詩音は立ち上がって悲しそうに言った。
「麻薬まで持ち出したとはね。残念だけど、『フィヨルド』の麻薬は致命的だ。君達には死んで貰う。そっちの方が君達は幸せになれる」
「……やめようとした人は沢山いたんだよ。でも、止められたのは死んだ人間だけだった」
詩音は顔を俯けて額に指をかけて右目の絆創膏をゆっくりと引き剥がした。そして、人間をやめた兵士達を見回す。
さりげなく暗灰色の前髪をかき分け、露わになった、その右目。
その右目の瞳孔は虹色に光っていた。
そして、それがゆっくりと回転し、大きな渦となって猛烈な速度に加速する。それは『影』をも歪めて巻き込んで行く。それは現象と言うよりは幻惑に近い想像を絶する恐怖を伴う光景だった。与える物は、絶対に回避不能の絶望だ。
「Perëndia e tokës」詩音は呟く。
大地から突き出した尖った頂点を持つ巨大なドリルが「ピチカート」部隊の人間を溶けた飴のようにねじ切った。砂塵と群青と砕けた鍵盤が模様となって貼り付いてメリーゴーラウンドのように音曲を奏でながら再び土に沈んで消えた。
「Perëndia i atmosferës」詩音は叫ぶ。
大気から現れた巨大な黒い鎌はゆっくりと後退し、振りかぶるかのようにその巨大な刃先で空中を引き裂いた。「アンダンテ」の兵士達は気が付くことなく切り裂かれると言うよりは瞬間的に吹き飛ばされ微塵となった。
「Perëndia e hënës」詩音は囁く。
天空の遠く、遙かな月が褐色の雲を払い、穏やかな光となって「アレグロ」の兵士達を優しく照らした。兜が、服が、皮と肉と筋肉が、そして骨が溶けて流れて行く。流れ出した肉体は透明になって土の中に溶け込んでいった。
兎の瞳に映された蒼穹の螺鈿なる回転木馬
草になり岩となり海や川を愛でる水となれ
時の狭間に飾られた幼子の午睡に風となれ
獣に絡みついた戒めなる新たな午後を呼べ
祈りは救いまた呪う古き神を訪ねる朝まで
詩音はマントの奥から、首に提げた瑠璃のオカリナを取り出して吹いた。
楽しかった子供の鬼ごっこ、母親に怒られて泣いた夜。
学校で過ごした楽しい時間、初めての絶望。
成人して若者になった時に出会った娘。
生まれた子供の無邪気な瞳
最後に救われるメロディーが響き渡った。