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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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混乱と破綻、破滅のレジェンド──「七月のムスターファ」-3


 同時刻、多田製薬の第二種開発部門の奥にある無表示の無菌室、「特例遺伝子解析チーム」のモニターを観察していた男が立ち上がった。マウスの動きが明らかに規定の指数関数を逸脱する複雑な数値を示し始めたからだ。
 男は三重になったクリーンルームを抜けて、30メートル四方にも及ぶ巨大で精細な施設を見渡す。それはマウスが一匹通のがやっとの複雑な迷路だった。その迷路のあちこちから迷路を這い出そうとして藻掻く多数のマウスの白い頭部と前足が見える。
「なんなんだ、これは?」
 男は社内LANに繋がる携帯端末のスイッチを入れて待つ。やがてFaceatoFaceアプリが繋がり、金髪碧眼の若い男が画面に現れた。
「どうしました谷田君。何か異常及び劇的変化がありましたか」
「とにかく見て下さい」とFaceatoFaceの画面の裏面カメラをオンにする。
 少しの沈黙の後、金髪碧眼の男からの声が返って来た。
「すぐ急行いたします。現状を維持の方向で善処して下さるよう強制します」
 FaceatoFaceが沈黙した。
「どう『維持』しろと言うんですかねー」
 やがて無菌室の浄化ミストの放射音が聞こえ、年の頃20半ばの長髪の金髪と深い碧眼を持ち、金に光る十字架を胸に下げた男が現れた。無表情で無愛想な、他人との協調性を欠いたような不思議な印象に慣れることはない。
「いつ始まったんですかこの事象は。速やかに報告義務の遂行を命令します」
 谷田と呼ばれた男は携帯端末を確認する。
「三分と40秒ですね」
「あり得ないことが現実になっているようです。積極的かつ能動的に観察を続けましょう」
「正直、パニックですよー」
「とにかく、管制ルームに戻って頂きます。FaceatoFaceは起動したままの方が適正にして確実です。全帯域における誘導音源とマウスに接続したチューブの薬液注入バルブをカットする事を優先事項として実行して下さい」
「ウィ、チーフ」
 谷田は再びクリーンルームをくぐる。
 薫・スチュアートは眉を曇らせる。美麗な顔に本性である研究者としての渋面が浮かんだ。
「もう12段階を超えております。遺伝子操作でツリー形状で作り上げた100,000匹のマウスから100匹にまで絞り込む際に問題はありません。極めて僅かなミューティーションを除けばほぼ完璧なので完璧は条件で完全な必然なのです」
 外見とは異なるどこか壊れた日本語は、元々「薫・スチュアート」は地球という『影』出身の人間ではない事による。
 ごく幼少の頃に母親に連れられてこの『影』に逃げ込み、母は環境の異なる世界でごくありふれた病に倒れて死んだ。その後の薫の人生は駆け足だった。アメリカで飛び級を繰り返し、14歳でスタンフォード、16歳でMITに行き、18歳でグラスゴーで獣医の博士号をとり、ドイツのニュルンベルグのバイエル社に研究員として勤めた。22歳で多田製薬にヘッドハンティングされてからは長い。入社して部門長職に就くまで半年もかからなかった。
 何事も冷静沈着に予定通りこなす反面、律儀すぎる性格がそのストレスを増幅させている。特に最近は三浦家における予定範囲外の時間の浪費によってそれが加速している事には気付いていない。
 FaceatoFaceの振動が薫の胸を叩く。薫は無造作に手に取った。
「チーフ。えらいことです。知能指数関数曲線が予測不能の事態に突入しました」
「モニター・ルームにスタッフを全員招集。解析と対応協議に邁進する。可及的速やかな行動を期待する事を了承する結果を示して下さい」
 薫も谷田に続いてクリーンルームを抜けてモニター・ルームに急行した。ただ、あくまで走るようなことはしない。薫はあらゆる下品なことが苦手であった。
 モニター・ルームには「特例遺伝子解析チーム」のメンバーが既に席に着いていた。モニター・ルームは左の壁一面に16のディスプレイが並び、これがグループごとの知能指数関数曲線をリアルタイムで表示している。正面にはメイン・フレームがあり、莫大な計算を同時進行でこなしていた。右壁には体温や心拍数・呼吸数・消費酸素などの身体的データを表示するディスプレイがやはり16並んでいた。


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