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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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混乱と破綻、破滅のレジェンド──「七月のムスターファ」-2


 そんなわけで、眼赤視と杉野は液体窒素のタンクの脇のパイプの上にいた。
「リタイア組っていうのかしらね」
「いや、あの男はかつての戦士だ。誇りある日本のな」
 真っ赤な赤毛のショートカットを惜しげもなく晒した眼赤視はダメージド・ジーンズに顔を埋めて足を抱えていた。とにかく液体酸素のタンクのそばは寒い。
「おかげで『第二種開発部門』の場所も特定できたし。責任者も解ったわ」
 眼赤視は頭上の天井を見上げた。そこには灰色のコンクリートと剥き出しの配管がミミズの巣のようにくねっていたが、勿論眼赤視にはそれ以外の全てが視える。その多くは白衣のような無菌対応した服に身を包んだ男女だ。
「そのクソ野郎をたっぷりと愉しませてやろう」
 Tシャツのように見えるのは、実は身体中に巻いた包帯だった。しかし杉野はそんなことでベッドで休養を摂るような男ではない。
「傀儡は絶好調よ。生まれて初めて人に求められてそれに応えたのだから」
「傀儡の『指』は今はどのくらいあるんだ?」
 さあ? と眼赤視は肩をすくませる。
「とにかく勘定できるような数ではない事は確かね」
「お前はどうなんだ、同士眼赤視」
「強姦のショックからは立ち直っているわよ。女は強いって事」
 杉野が笑う。それは今までの酷薄な笑みとは違う、どこか無邪気な笑顔だった。
「実際、視え過ぎちゃって、その気になれば雲の上まで見渡せそうよ」
 眼赤視は楽しそうに心から笑う。深紅の瞳もどこか愛らしい。
「でも、今日はさらに万全を期したいからコンタクトは外すね」
「ああ、俺もむずむずしてしょうがねえ」
 眼赤視は今日は黒い瞳をしていた。俯くと瞳に指を当ててつまみ出すようにカラーコンタクトレンズを外した。その下から深紅の瞳が現れる。杉野も同じようにコンタクトレンズを外す。二人とも手にした目薬をさして瞳を瞬かせる。
「……指紋の方はいいだろう」
「しかし、どういうツテなの? 指紋や瞳孔を盗み出すなんて」
「前に頼んだことがあったろう。腕利きのクラッカーに頼んだんだ」
「ほとんど万能ね。ひょっとして『影』へもクラック出来るんじゃない?」
「今度聞いてみよう」
「名前はなんて言うの?」
「クラッカーは視えないからこそクラッカーなんだ。少なくともハンドルネームは『電気技師』と呼ばれている。俺とタメのようだがな、解っているのはそれだけだ。銀行の振込先も聞いたこともない「茜紡績」とかいうダミー会社だよ」
 杉野も寒くなってきたのか、包帯の上にいつものチェ・ゲバラのプリントされたTシャツを着た。これが彼の戦闘服だ。何枚も持っているらしい。少なくとも眼赤視はその一枚が台無しになったのを知っている。
「では、始めるか、同士眼赤視」
「マルチタスク・オート・ドライブ、リンクします」
 眼赤視の意識には今までに経験が無いほど明確に金色の産毛を持つ白い腕が視える。その手を掴んだ。冷たい掌の体温までが伝わって来るようだ。
「キ…キキキ…キキキキキキ」
 それは人間の声とはかけ離れた奇妙な声音だった。


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