森と清流と鳥の歌──天羽詩音の安息-1
水色の空が好きだ。
あまり暗いほどの青空はいたたまれなくなる。空は水色で、少し雲が浮かんでいる方がいい。出来ればトンビや雀が飛んでいて、群生する自然の花畑に蝶が飛んでいるのなら文句はない。詩音はいつでもそう思う。
清流に触れると程良く冷たかったので、服を脱いで水に浸かった。さざ波がくすぐったい。
それから、顔を洗う。顔を洗うついでに絆創膏も剥がして、新しいのに取り替えた。
夏草の上に寝そべって、このまま死ねたらいい、なんて不埒なことを考えてみたりする。嫌なことがこれから待っているときは特にそう思う。死んで、土に返って、水を吸って、ただの名もない草になりたい。
昨日は本当に大変だった。
でも、ヘクトルと沓水は由子とレインを東京まで送ってやった後、メシュメントに帰った。僕はと言えば、約束通り沓水の出席を何とかしてやった。とはいっても、近い『影』の沓水もあまり勤勉ではなかったが。
だけど、今よりはずっとずっといい。勿論、沓水にはしっかり酒代を払って貰った。でも、意味はない。だって僕が欲しい物は何一つメシュメントでは売っていないのだから。
だから、木製人用の指輪を買ってヘクトルさんにプレゼントした。三角定規も恥ずかしい事ってあるんだね、知らなかったよ。でも、ヘクトルさんはそれだけのことをやったと思うし、これから実際に頼み事もある。それに出欠簿のコピーをヘクトルさんに渡したし、沓水の成績も渡した。
沓水の逆上は見物だったけどね。もう二度とヘクトルさんに頭が上がらなくなるだろう。そっちの方が沓水のためになると思う。
嫌なことが始まる。
死んでしまいたいほど、嫌なことだ。
でも人間は、いや、人間じゃなくても、安息のために代価を払わなくてはならない。
生きるって事は、熱エントロピーの運動そのものだ。
だったら、草でも同じ事じゃないだろうか。火山弾や昆虫、水や火もみんな同じ。本当に死ぬことはあり得ない。時間も関係がない。もしあるというのなら、それは宇宙や全ての『影』がなくなること。つまり、「ソラリス」の火が消えるとき。
その時初めて、僕には安息が与えられる。その時までは、せめて生きよう。
僕のために、それから誰かのために。