音楽兵器の幻想──喧噪の酒場にて-3
「よし、切り離してオート・ドライブを再開しろ。ターゲットはハゲでいい」
「……同士杉野、あんたは鬼か」眼赤視の声は擦れて、憔悴しきった表情は虚ろだ。右手の爪が割れて血が滴っている。
「他に誰が出来るって言うんだ。急げ」
眼赤視は再び瞳を閉じる。オート・ドライブ。
「で、そのダチってのはなんて言うんだ。/ああ、由子って別嬪でな。女の子は守らなくちゃならないだろ、男として。/サンプル採取のための予定は見えているんだけどな。/いつ。どこでだよ。/『フィヨルド』という『影』にあるビル街の地下らしい。『皇姫』は異常に騒がしい音楽を嫌う。そりゃあ病的に嫌いなんだよ。そのくせ電気を使わない騒音は大好きだ。「バルトーク」とか「ホルスト」とか言う、ま、俺にしてみればどっちも騒音なんだけど、どうも電気を使う物は全部御法度らしい。ところが『フィヨルド』って街は電気を使った音楽が元々盛んなところでなあ。場所は『ツバキ・ファミリア』という名前までは解ったんだけど、何処にあるのか全く不明だ。/ああ、そこで今晩シークレットライブがあるらしいんだ。『ユニオン』は機能するパイプが『フィヨルド』には無いから間に合いそうにない。/そこだな、由子の行き先は。いや、由子がその電気を使った音楽をやる、ある男を探しに行くんだ。きっと由子は必ず『ツバキ・ファミリア』とやらに現れる。そうなるとその『スタッカート』を抱えてやってくる兵隊さんも来るだろう。ああ、知らせるよ。その葉っぱはとりわけ便利なんだ」
「充分だ。リンクを切って傀儡を眠らせろ」
「私の方がぶっ倒れそうなんだけど」
「お前の『ステルス』と傀儡の『人形遣い』無しに修羅場に行けるかよ。立て」
眼赤視は青ざめた顔で震えながら立ち上がるが、たちまち貧血を起こして倒れた。その前に杉野が逞しい腕一本で眼赤視を担ぎ上げる。
「どうしたんだい、連れの具合でも悪いのか?」
声をかけたウエイターに振り向き、杉野は無愛想に告げる。
「手前ぇのとこの悪い酒の飲み過ぎだ。豚じゃなくて人が飲める酒を用意するんだな」
杉野は眼赤視を担いだまま、雑多な人混みをかき分ける。
「気を失っている間に『イメージ』を頂くぜ。運が良かったじゃないか、眼赤視」