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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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知識と力と采配──「ロイス・ベル」の乗客の密談-3


「あー、私だ。沓水だ。寝ぼけるんじゃねえ、手前ぇの所の理事の沓水だよ。『ユニオン』のな。さっさと情報部へ回せ。なにい? そんな部署はないだぁ? 表立ってそんな名前にする訳ないだろうが。資料室二課だよ、目ぇ覚ませえ馬鹿野郎」
 沓水が受話器を耳から離して苦々しく睨む。「何が『お繋ぎいたします』だクソ売女」
「おう、ドゥー・ダッドか、沓水だ。ユニオンの常任理事にしてメシュメント最高の頭脳の持ち主である驚愕すべき天才弁護士様だ。だあれが本名など呼ぶかよ。『ドゥー・ダッド』ってお前を呼ぶときは本来のそこの部署の役割を思い出すんだな。リアルタイム二十四時間体制の絶対的な強制力と蟻の這い出る隙間もない情報網を持つ『情報部』としての責任者であるお前のことだよ。いいか、いくつか条件を出すからそれに符合する『影』を探し出せ。馬鹿野郎今だよ、今すぐだ。いいか、よく耳の穴かっぽじって聞けよ。一つ。灯火管制が引かれている。電気の使用を制限しているが表向きだ。主に瓦斯灯の使用を余儀なくされている。一つ。石畳の道路を持つビル街。一つ。女性が何らかの形で拘束あるいは自由を奪われている。一つ。体制側がこき使っているおまわりは群青に銀の線が並んだ制服を着用、武器はピアノの音を伴う。一つ。通貨の名称は『ガデス』。一つ。『サクラ・ファミリア』という閉店したバーかクラブの不動産が存在する。こんなところかな? 10分やるから俺にメールを送れ。グラフィックが手に入るのなら添付ファイルで送れ。拡張子はなんでもいい。念のために言っておくがな、『シェ・アレクサンドロス』なんて優男には用はないぞ。必要なのは冷血にして容赦ない『ドゥー・ダッド』だ、ちゃっちゃと仕事しろ。予算を気にするような部署にはしていないつもりなんだがな。くれぐれも遅れるな」
 沓水はロンパリな目をやや普通に戻して受話器を置いた。
「……沓水って、すごく偉いんだね、びっくりしちゃった」
「馬鹿野郎、俺の天才と力を見抜けない手前ぇらが阿呆なんだよ」
 明らかに有頂天になっている沓水を無表情で詩音は見つめた。
「その三分の一でも本来の『影』に割けば悲劇も起こらないだろうにね」
「俺を怒らせるなよ? 詩音ちゃん」
「僕を怒らせない方が賢明だよ、沓水君」
 二人の間に険悪な空気が流れるのを感じた由子は、慌てて仲裁に入る。
「今回は私のわがままなんだから、喧嘩しないで。詩音だけじゃなくて照井や沓水の分もチケットをあげるから! 沓水は出席が手に入って留年しなくていいし!」
 沓水がまばらな口髭を逆立てる。
「弱みを握られているからやってやるって訳じゃねえんだよ、こりゃ俺の善意だぜ? クラスメイトとしてのよ」
「わかった! 私がこんなに美人で愛らしくていろんな男が夢中になって胸焦がれるのはしょうがないんだけど、私と付き合いたいとか思ってるのは百も承知だけど、だからって私のために争わないで!私はまだ誰にも何も許す気はないから安心して! 希望が全く無い訳じゃないんだから。それに食事ぐらいなら付き合ってもいいわ!」
 詩音は無表情のまま凍り付き、沓水は口をあんぐりと開いた。
「「……自意識過剰…」」
 ノートパソコンから電子的な音が鳴り響いた。沓水は手早くパッドを叩いて腕時計で確認した。
「9分47秒。まあ、許してやるか」
 由子と詩音が見守る中、沓水はパッドをスライドさせて文字を読む。そしてにやりと笑ってノートパソコンの画面を由子と詩音に向けた。そこには限りなく暗い、瓦斯灯の灯るビル街が表示されていた。由子は思わず息を飲む。
「その街の名は『フィヨルド』。騒動の元で『ユニオン』でも調査中だ」


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