投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

黎明学園の吟遊詩人の最初へ 黎明学園の吟遊詩人 21 黎明学園の吟遊詩人 23 黎明学園の吟遊詩人の最後へ

知識と力と采配──「ロイス・ベル」の乗客の密談-2


「うっわー、ごーかけんらんー!これって本当に車なの?」
「見ての通りだ」
 不敵な面構えが地なのか、どうも仕草がいちいち皮肉っぽい。
「ヘクトル、適当に『影』を走ってくれ。出来るだけ過疎の方がいいな、しばらくは」
「かしこまりました、沓水様」
 詩音は振り返るかたちでヘクトルを見る。精緻な三角定規の集合体がH型三段ギアを操り、「ロイス・ベル」は暗闇に溶け込み、どこか知れない森の木立の間を走り抜けて行く。
「で、街の風景を細かく説明してくれ」
 由子はテーブルに身体を乗り出して掌を組み、車の天井を見上げながら記憶をよみがえらせる。あの夜の、あの時間とその場所を。
「ロンドンによく似ていたわ。道は石畳で回りにはビルしかなかった。夜だったから様子がわからないけど……不思議なのは電気はあるのに、街の外側は瓦斯灯しか点いていないの。全体的に真っ暗で……人が住んでいるとか、そんな感じがしない。そう! 会場の偽装した所に吊り看板があったわ。アルファベットなんだけど、全然見たことのないスペルばっかり」
 沓水は闇の方を眺めながら、微かに頷いている。
「それから、コンサート会場は、地下一階だったんだけど、昔はクラブかキャバレーだったみたいな感じ。とにかく警備が厳重だったわ。街角やビルの中にまで外の動きを監視していた。それなのに……官憲が雪崩込んできた。最もガリーって男が持ち場から離れたせいもあるかも知れないけど、あの様子じゃバックアップもしてあると思うし」
 沓水の左の眉がピクンと跳ね上がる。
「今、『ガリー』って言ったな。それは人の名前か? どんな男だった? 他には誰か名前を聞かなかったか?」
「…『ガリー』っていうのは用心棒で雇われてたみたいだけど、シンパサイザーではあったみたい。事実わざわざ警備を抜けてまでコンサートを聞きに来たし。腕っ節が強そうな作業服を着た筋肉男。髭も濃いわ。それより、ライブに来ていた男はほとんど髭を伸ばしていたような…それから、そもそも私を助けてくれて、その上「ビリー・シアーズ・ショー」にまで案内をしてくれた男が私のターゲット『レイン』。この男は髭がなかった。かなりの美男子よ」
「………『幸運の鍵』だね」詩音が呟いた。
 由子が顔を赤らめて詩音を一瞬睨み、沓水に視線を戻す。
「その『レイン』ってのは黒い皮のコートを着て、黒いパンツに黒い靴。あ、ステージの時は白いシャツに黒いベストを着ていた。観客の男達は全員労働者っぽかったけど、レインだけ知的労働者っていうか、浮いてたわね」
「そもそもどうやってコンサートに潜り込んだ? それだけの警備だったのならシークレットでチケットかワードか何かを使うはずだ。その『レイン』って男の一存で入れるとは考えづらい」
「私の『パープル・ヘイズ』対策よ。ほら」
 由子はつま先をテーブルの上に乗せた。その足の指にはいくつか金の指輪が光っている。またもやショーツが丸見えだ。この子は一体何枚十二星宮のショーツを持って居るんだろう?
「ま、妥当だろうな。物々交換以外は詩音に金を『作って』貰う以外にないからな」
「頼まれても断るけどね」
「俺のメシュメントでそれをやったら、迷わずとっつかまえるがな。他になにか気が付いた事はなかったか?」
「入るときにお金の単位が…たしか600ガデス、とか。それからなだれ込んできた官憲だけど、制服は……群青に銀の線が並んでた。なにか持っていたけど…ピアノの音みたいな爆音がした。あれ、なんだったのかしら? そうだ、女が殆どいないの。二、三人は見かけたけど…あの空気なら女の子がきゃあきゃあ言うものなんだけど。そうね、ワンドリンク・サービスはあったわ。私はビールを選んだけど、後は多分ジンみたいな強いスピリッツだけ」
「それは『ビール』と呼ばれてたかな?」
 由子はぶんぶんと首を横に振った。金色とピンクとラベンダーが乱れる。
「イギリスのスタウトそっくりの味だったわ。ギネスみたいな黒ビール。とにかく爆音で言葉が聞こえなかったのよ」
「なんでもいい。他に単語は使われなかったか?」
 由子は俯いて考え込む。多分脳みそを引っかき回しているのだろう。
「……その店、なんて言うの?」詩音が事もなげに言った。
「あ」由子が固まった。
「サ、サ、サクラ・ファミリア! ガリーが言っていた!『サクラ・ファミリアの管財人だって危ない橋を渡っている』って言った!」
 沓水は舌を打ち、ノートパソコンのパッドを叩いて何かを呼び出した。単なるアドレス帳のようだ。そして冷蔵庫の上の受話器を取り、緩やかなダイアル音を鳴らす。「早く言えよ」忌々しそうに由子の顔に顎を振った。


黎明学園の吟遊詩人の最初へ 黎明学園の吟遊詩人 21 黎明学園の吟遊詩人 23 黎明学園の吟遊詩人の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前