僕は14角形ーCracked pieces B-1
考えてみるとジャリタチとウケ、たとえ相手が男でもノープロブレムなホスト系美青年、美少女として生きる事にもはや何の抵抗のなくなった超絶の美少年、その未成年に度の強い酒を与える年増美女。
考えなくてもここは変態の巣窟になってしまっている事に愕然とする。
「さあ、しょっぱなから本場マルセイユで憶えたブイヤベースで行くからね!同じ釜の飯を食うんだからみんな仲良くね!」
と、衣良が全部綺麗にまとめてしまった。
ブイヤベースは流石に本場仕込みのせいか、場所柄鮮度の良い物が手に入るからか、抜群に美味しかった。
しかし、例によって詩音が「ワインのない食事なんて考えられない」とか「料理に対する冒涜だ」「ボルドーのクラーレット以外は泥水だ」と喚き、料理を褒められた嬉しさからかいつもの習慣か、衣良がどんどんボトルを空け、その上郁夫が本場はマルセイユよりニューオリンズだからとか言ってジャックダニエルを飲み出し、詩音もすぐさま賛成してワイルドターキーのライが王道だだのと言い、真っ昼間から完全に酒盛りになってしまった。勿論私に止める手立てはなく、悲惨な結果にならないように詩音の口にどんどんシャコ海老蟹烏賊ムール貝を詰め込んで決着した。
「美味しかった? いちご」むにむにむに。
「美味しかったですう、先輩」ふりふりふり。
「兄貴のとっておき、空けちゃった」かちゃかちゃかちゃ。 垂直に切り分けられたバームクーヘンに白いレースに飾られた紺青のカーペット。それらは暗いほど青い天蓋の下に拡がっていた。つまり、詩音に言わせるとそんな事になってしまう。何故なら、海を見たことがないから。都会の平滑な灰色の海以外は。
綿星国子はベンツ6.9の窓に貼り付いて居る詩音の背中を眺めながらため息をつく。「贄」として生まれついた謎に包まれた一人の少年は、言葉を無くしてただただ飴のように流れて行く海辺の景色を見つめている。
「天羽詩音」という「贄」は鈍感で奔放に見えるけれど、その頭脳は驚嘆するほどに鋭く繊細だ。一度見たり聞いたり読んだりしたものを絶対に忘れない、才能と言うよりは奇病に冒されている事を綿星は嫌になるほどこの三ヶ月ほどで味わった。
今もまた、過ぎて行く岩や森の形、一瞬で過ぎ去る看板の電話番号までが記憶として頭の中に流れ込んでいるのだろう。だから彼は自ら「潜水艦」となった。それも深海に何十日も潜む加圧水型原子炉を持つ攻撃型潜水艦として。ただ、この潜水艦は翠のホルターネックキャミソール、チャコールグレイのキュロットパンツにサンダルという、たちどころに発見されてしまいそうな装いをしているが。
しかし、そんな事は全然問題じゃない。
滑らかな半透明の天鵞絨のような肌と折れそうに華奢な、それでいてしなやかで健康な身体はどこか妖艶なほど美しい曲線を描き、ほとんど骨という物を忘れてしまったかのような輪郭はこの世ならざぬ美しさを秘めている。
宝石のオニキスにも似た漆黒の瞳と濃く長い睫に、極端に細くしたカーボンファイバーの髪には天使の輪が光り輝き、うっすらと紅を滲ませた頬に桜色の口唇が浮かんでいる。
まるで神様にオーダーメイドしたかのような美貌はどんなに隠そうとしても隠せる物ではないし。
「衣良、待っているんだよね」
「そう言っていたけど。芸術家にしてはちゃんとした人だから」
詩音が振り向いたとき、疑いようのないダイアモンドのピアスが光を放つ。まあったく、これがとどめだ。呆れて言葉も枯れる。
「衣良様が約束をたがえた事は一度もございません。ご安心を」
運転をしていた逞しい男が豊かなバリトンの声を響かせた。
「愚弟も衣良様、いちご様、姫乃様と一緒に着いているはずです。万が一愚弟に失礼があったならご報告ください」
「多分失礼な事をすると思うけど──そうじゃなくちゃ面白くないし…伊集院さんに報告したら郁夫はどうなっちゃうの?」
「祖父や祖母の元にまいらせます」
「へえ、それって田舎の方なのかな。遠いの?」
後から見ていても伊集院が酷薄な笑みを浮かべるのがわかる。
「それはとてもとても遠い所でございます」