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悦子
【SM 官能小説】

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悦子-1

 栄一は地方の高校から東京の大学に進学し、そのまま東京で就職した。高校時代は文芸部に所属していたが特にこれという物を書いた訳ではない。文芸部にマドンナとあだ名されていた可愛い女の子がいたから、彼女に近づきたいという不純な動機で入ったのである。小説でも詩でも短歌でも評論でも何でもいいから書いてそれを安手の本にして発行するというのが文芸部の活動の内容だったが、栄一は時々短歌を寄稿する程度だった。小説だのなんだのは書けなかったのである。短歌なら字数を合わせれば短歌らしくなるから誤魔化せたのであった。それに原則として自作の掲載ページ数に比例して出版の費用を分担することになっていたので、長い物を書けばそれだけ余分に金を出さなければならなくなるのである。
 勿論正式に認められたクラブだから活動費は学校から出るが、それだけでは出版の費用全額はとても賄えない。学校の近くの文房具屋が安く印刷してくれて本にしてくれるのだが、本とは名ばかりの安手の雑誌だった。それでも長い物を書けば1万円以上も自己負担する羽目になる。だから高校生としては贅沢な遊びだった。
 その時の同じ文芸部の仲間だった山辺公一が造り酒屋の息子で、地元に残って親の跡を継いでいる。そして今でもその当時の雑誌と同じ名前で文芸同人誌を発行しているのである。もちろん今は学校のクラブとは何の関係もない。山辺の個人雑誌みたいなものである。彼に頼まれて栄一は時々今でも短歌を寄稿している。いまだに文学の道を志している友人に感心してカンパしているつもりなのである。
 つまり、今でもその雑誌は掲載ページ数に合わせて発行費用を分担しているのである。当時とは物価も違うし、学校から活動費が出る訳でもないから発行費用の負担は重い。尤も執筆者が稼ぎのない高校生から社会人に変わったので何とか分担してやりくり出来るのである。栄一としては雑誌に載ろうが載るまいが、そんなことはどうでも良かった。ただ金銭の寄付だけをするのは少し気障な感じがするし、短歌を寄稿してその分の分担金として金を出す方が受け取る方も気安いだろうという気配りなのである。
 山辺は費用の大部分を自分で負担しているに相違ない。原則は寄稿者負担と言ったって、原則通りきっちり作者達に分担させたりしたら、寄稿する者などいなくなってしまう。それを少しでも援助したいという気持ちと、端から真面目に文学を目指したことなど無い栄一だが、一人前に挫折したような気持ちだけは多少持っていて、その後ろめたさを金で解消しようという気持ちも多少働いているのかも知れない。
 栄一の寄稿する短歌は勿論自己流で、ただ字数があっているというだけの物に過ぎないのだが、山辺は栄一が寄稿するたびに激賞し、『お前の短歌には熱狂的な信奉者もいるんだぜ』などと言ってくる。そんなことを本気にする程文学に対する熱意も持ち合わせていない栄一なので、いくら山辺が褒めても全く嬉しくはない。栄一が余りにも素っ気ないものだから山辺は「それじゃ熱狂的信奉者がお前に手紙を出したいから住所を教えてくれとうるさいんだが、教えてもいいのか?」と言う。「返事を出さなくていいんだったらいくら手紙を書いてくれても構わないよ。まあ、忙しい訳でも無いから読むだけは読ませて貰うよ」と返事をしておいたのは大分前のことで、栄一はもうそんなことなどすっかり忘れていた。しかし熱狂的信奉者からの手紙というのは実際にやってきた。


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