悦子-15
「やっ、この手作りみそ漬けは美味い。お袋の味と言うよりもプロの味だ」
「そうですか。叔母が喜びます」
「今度の雑誌には君のために特別に作った新作の短歌を寄稿したんだけど、残念ながらまだ発行されていないな」
「いいえ、先生。持参しておりますわ」
「え? 僕の所にはまだ届いていないんだが」
「はい。山辺様の所に伺いまして、江田先生のお宅にお邪魔する用がありますから私が持参してお届けしますと申して貰って参りました」
「何? そんなことをして・・・、それで山辺は何と言っていた?」
「別に。それは助かります。宜しくお伝え下さいとだけ」
「ほう」
「山辺様とは特別にお親しいのですか?」
「まあ、高校時代からの付き合いですから」
「そうですか。それは初めて伺いました」
「うん。ちょっと見せてくれるかな」
「どうぞ。これは先生の分で御座いますから」
「ほうほう。載っているな」
「勿論です」
「君のために作ったものを入れたんだが、分かりましたか?」
「はい、勿論」
「そうか。どう思った?」
「最初の2首は私へのものとは違うと思いますけれども、後の3首は私を歌って下さったものだなと分かりました」
「え?」
「とても感激致しました」
「はあ」
「先生はやはり私を辱めて楽しんでいらっしゃるように見せかけながら、本当はご自分の暗い心の深淵を覗き込んでいらしたんだなと思いました」
「はあ」
「ですから私は先生がどのようなことをされようとも我慢出来るのです」
「暗い心の深淵を覗き込んでいると分かったのはどの歌ですか?」
「『余りにもああ余りにも美しい 君の心を僕は悲しむ』という歌と『ゆるやかにうねる腹部に口付けて ああ今日も又陽が落ちて行く』という歌です。どちらも心に深い悲しみと言うか、寂寥と言うか、要するに空洞のような闇を抱えていらっしゃるんだなということが良く分かります」
「ほう」
「先生のその悲しみは一体何処から来ているのでしょうか?」
「それは・・・」
「いえ、仰らなくても結構です。私のような他人が踏み込むべき領域ではありません」
「そうだな」
「でも、私という存在が先生の心の闇を少しでも明るくしているのなら嬉しいと存じます」
「そうか。それではちょっと立ってくれ」
「はい?」
「それで向こうを向いて」
「あっ」
「ほう。君に相応しい下着というのはこういう物なのか」
「いけなかったでしょうか?」
「いけないな。全然相応しくない」
「でも私としては精一杯派手な物を選んだつもりなのですが」
「単に黒いレースというだけじゃないか」
「でも黒い下着なんて初めて身につけました。服の上から透けて見えたりしないかと気になって気になって」
「なるほど。それで礼服のような黒い服を着たんだな」
「はい」
「それでは検査するか」
「アッ」
「ほら、足を上げなければ脱げないだろ」
「お許し下さい」
「何を許すんだ? ぐしょ濡れにしたことをか? 別に君のパンツを君が汚そうが何しようが僕に謝る筋合いではないだろう」
「先生、お願いですから電気を消して下さい」
「やあ、やっぱり濡れてるな。ほら、見てごらん。此処にナメクジが這った跡のような物が付いている。それも巨大なナメクジだな」
「厭。そんなこと仰らないで下さい」