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悦子
【SM 官能小説】

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悦子-13

 「先生はそんなことが好きなんですか?」
 「好きかと聞かれてもやったことないから分からない」
 「それじゃ何でそんなことをしたいんですか?」
 「つまりね、したことないからやってみたい。君にはそういうことがないかな?」
 「さあ、特にありませんけど、先生の気持ちは分かるような気もします」
 「おっ、やってくれるか?」
 「いつかその気になったらやります」
 「いつその気になるかな?」
 「そんなこと分かりません」
 「君はやっぱり淫乱だな」
 「どうしてですか?」
 「男を喜ばしておいて、次の瞬間にはじらす」
 「別にそんなことしていません」
 「そうか? なんかそんな感じがするけど、気のせいかな」

 遅くなったから泊まっていってもいいと言ったが、悦子は帰った。何処に帰るのか聞かなかった。あんなことをしたというのに、最後まで上品な口のきき方を変えずに喋っていた。大したもんである。性器の繋がっているその瞬間でさえ甘えた馴れ馴れしい口のきき方などしなかった。筋金入りの気取り屋か余程の家柄のお嬢さんなのだろう。

 悦子の来訪を受けた数日後、栄一は気が向いて雑誌に目を通した。もう1ヶ月以上前に送ったので何を送ったのか自分ではすっかり忘れてしまっていた。悦子はどれを読んで俺に抱かれてみたいという気になったのだろうか。全部と言えば全部なのだろうが、直接の引き金になったものはどれだったのだろうか。そんな興味を持って改めて自分の短歌に目を通してみたくなったのである。
 雑誌は表紙をめくると1ページ丁度の巻頭言があり、山辺がその時その時様々なことを書いている。その後に力作長編を載せるのが山辺の好みのスタイルで、当月号にはその雑誌の地元を揺るがしている汚職問題を正面から取り上げたやや文学臭の薄い評論を載せてあった。いつの間にか純粋文学誌から脱皮して総合雑誌のようなものになっていたのかも知れない。そうしないと発行部数を維持出来ないのだろう。その時局論評のような長編に続いてはいわゆるプロレタリア文学と呼ばれる政治的主張の強い文学を総括的に取り上げた評論が載っていて、面白くはないし新味のある主張も無かったが著者の博識は相当なものであり、思わず唸ってしまうようなものだった。その後に同人通信という2ページに亘る相互連絡の為の掲示板のような欄があり、そこをめくって次のページに移ると栄一の短歌が掲載されていた。つまり評論はさておき、創作としては栄一のものが初めて出てくる体裁になっていたのである。

 『人は皆大きく見れば昨日会い 今日愛し合い明日別れる

  フィエスタの騒ぎの後の静けさの 何故か寂しい南国の夜

  貧しくて何も食べない日もあると 若く綺麗な娼婦は語る

  胸に咲く赤薔薇ひとつキスの跡 怒りもせずに娼婦がこする

  雪の無い異国の土地に酔い痴れて 娼婦と歌う聖しこの夜』

 固い評論を2つ読んだ後だから栄一の短歌はまるで与謝野晶子のそれのように強いロマンティシズムを感じさせるような気がしたが、それは自分が作ったからそう思うのであって、他人が読めばどうなのか知る由もない。ただ、少なくとも悦子だけは俺と同じように感じてくれたのだろう。それどころか悦子は香気と妖気と言っていたから、滅茶苦茶に高い評価をしてくれているのだろう。香気と妖気など恥ずかしくて自分では例え思っていても言えないが、実際の所は自分ではそれ程のものは感じないのである。
 いずれにしろ『胸に咲く赤薔薇ひとつ』の短歌が多分悦子の感情に火を点けたと言って良さそうだ。この短歌の通り胸に1つキスマークを付けて貰いたくて来たらしい。栄一は悪趣味だからそういうことであれば遠慮はしない。胸にも股間にも沢山の醜い歯形とキスマークを付けてやったが、悦子は大して怒っていなかった。怒るくらいなら初めから栄一を尋ねてきたりはしなかっただろうが。今度は栄一の望むような派手で悪趣味な下着を身につけて来るようなことさえ言っていた。それならとことん好きなようにしてやろうと思った。あの上品そうな女が何処まで俺の悪趣味に付き合うか、何処まで我慢するか見物である。


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