妙子2-43
「いらっしゃいませ。此処は初めてですか?」
「ああ」
「何お飲みになりますか?」
「ブランデーの水割りをくれ」
「ブランデーとウィスキーはボトルを入れて頂くことになるんですけど、宜しいでしょうか?」
「うむ。それでいい」
「何にしましょう?」
「ヘネシーのVSOPにしてくれ」
「はい」
「氷を沢山くれ」
「はい。お名前は何と仰るんでしょうか?」
「研だ」
「ケンさんですか?」
「ああ」
「他にもケンという方がいらっしゃるので、漢字を教えて下さいますか?」
「研究の研だ」
「はい」
「哲は此処には良く来るのか?」
「は?」
「高木哲也だよ」
「お友達でいらっしゃるんですか?」
「ああ」
「時々お見えになります」
「ちょっと話があるんで呼んでくれないか?」
「は?」
「電話番号は知ってるんだろ?」
「はい」
「研と言えば来る」
「はあ」
「あんたから呼び出されたのは初めてだな。何事だ?」
「頼みがあるんだ」
「ほう」
「もういい加減やめてくれないか?」
「何を?」
「惚けなくてもいい」
「惚けてない。何のことか分からない」
「久美のことだ」
「久美というのはスターレットの久美のことか?」
「そうだ」
「それで久美のこととは?」
「おい。惚けてんのか、それとも本当に心当たりは無いのか」
「心当たりなんて何も無い」
「本当か?」
「久美に惚れたから久美に近づくなと俺に言いたいのか?」
「まさか」
「俺は久美の男でも何でもないんだぜ」
「そうか? 話をする場所がまずかったかな」
「こいつのことか? やっぱり知ってるんだな」
「そうでなけりゃ、こんな所へ呼び出したりするもんか」
「こいつのことなら構わんよ。大体久美なんて俺の好みじゃないんだ。こいつを見りゃ俺の女の好みは分かるだろ。あれはただのお客だよ」
「そうか?」
「ああ、ただのお客さ。それも俺が客なんじゃなくて、あっちが客なんだ」
「あっちが客とは?」
「小遣い稼ぎにあいつのトラブル処理をしてやってるのさ。あいつは阿漕なやり方してるんで、客とのトラブルが多いんだ」
「ほう」
「誰とでもすぐ結婚するような素振りをするのはいいんだが、貢がせるんだよ。弟がヤクザの車をこすって金を請求されているとか、お母さんが白血病で医療費が掛かるのとか、適当なこと言うんだ」
「それじゃ結婚詐欺じゃないか」
「そうなるんだろうな」
「あんたも片棒担いでるんだろ」
「担いでない。俺は久美がどうやって金をせびったのか、当の被害者から聞かされただけだ。分け前貰ってる訳じゃない。小銭を貰ってしつこくつきまとう男を追い払うというだけさ」
「しかしそれなら、あんたがやる程の仕事でもないだろう」
「あいつは下っ端を相手にするのが嫌いなんだ。良くいるだろ? そういうの。何かって言うと責任者を呼べって言う奴。自分は偉いから偉い奴しか相手に出来ないと思ってる。あいつはそれの女版さ」
「それなら何で店に飲みに行くんだ」
「店に行くのは飲みに行く訳じゃない。『ほら、あそこに座ってる青いセーターの男がいるでしょ? あれが今言ったしつこい男』って具合にターゲットを教えて貰う為に行くんだ。勿論飲み代はあいつが払うのさ」
「なるほど」