妙子2-35
「出血多量でさすがの奴も戦意喪失してくたばった」
「そうするとあの傷は研が付けたの?」
「そうとも言える」
「そうとも言えるって?」
「ガラスが付けたとも言える」
「要するに研がやったんじゃない」
「そうなるな」
「研は? 研は怪我しなかったの?」
「全く怪我しなかった」
「そんなことがあったの?」
「それが奴との出会いで、奴との喧嘩はそれだけじゃない。さっき言ったとおりあと2回喧嘩してんだ」
「復讐されたのね」
「いや。2回とも返り討ちにした。1回目は呼び出された。奴は『あんなチビにやられる筈がない』って思ってるから呼び出したんだが、2回目は待ち伏せされていきなり襲われた。それでも勝てないから奴も諦めたらしい。それから後は何もして来ない」
「研って見かけによらず強いのね」
「強いか弱いかを言えば奴の方が強いに決まってんだ。体の大きさが違うからな。ただ、勝ち負けは別ということだ」
「だって強いから勝つんじゃないの?」
「そうじゃない。喧嘩というのは頭のいい方が勝つもんなんだ」
「そうなの?」
「そうさ。ヤクザなんて馬鹿だから喧嘩に強くなりたくて空手だのボクシングだの習うんだ。あいつも空手の黒帯だ。全国大会に出たこともあるらしい。だけどいくら空手やボクシングが強くなったって喧嘩はそれとは全然違う」
「そう?」
「そうなんだ。空手やボクシングにはルールがあるけど喧嘩にはルールが無い。金玉や目玉を突いてもいいし、週刊誌持ってたらそれを丸めて武器にしてもいいんだ。要するに機転の利く奴が勝つ。俺はラーメンを相手の顔に掛けたこともあるが、これは案外利いた。汁が目に入って相手の動きが止まった。空手やボクシング習った奴は、そういう機転が利かないからラーメンは食べるもんだと決め付けてしまう」
「ねえ。自慢するのはいいんだけど、あいつに気が付かれない内に帰った方がいいんじゃないの?」
「いや。あいつはもう、どうやっても俺には叶わないと諦めてんだ」
「へーえ」
「だから気が付いても気が付かないフリをするだろう」
「研って凄い」
「しかし女が絡んでくるとなると、諦めたあいつも又考え直すかも知れない。さっきそう思った」
「女って久美ちゃんのこと?」
「ああ。『私にもヤクザの知り合いはいて、研さんのことは聞いています』と言ってたから、それは多分あいつのことなんだろう」
「あの人がヤクザだとは思わなかったけど、言われてみるとそんな風に見えて来た」
「そうだろ。あいつが久美から俺のことをどんな風に聞いたか、嗾けられたか知らないが、どうも大体そんな感じで俺は襲われたんじゃないかと思うよ」
「それはありうるね」
「ああ。女だけで、何人もの男を喧嘩に駆りだすというのはちょっと無理があるからな」
「ねえ、そしたらどうするの?」
「黒幕が分かればそいつに標的を合わせればいいんだから、何とでもなるさ」
「大丈夫? 怪我しないでよ」
「別にあいつと喧嘩しようっていうんじゃない。俺は暴力は嫌いだと言っただろ」
「話し合いをするの?」
「そうだ」
「上手く行くかしら」
「上手く行くように、いろいろ準備する」
「どんな?」
「そんなことはお前が知る必要ない」