妙子2-22
「何を聞いた?」
「しょぼくれたヤクザじゃないことは知ってます」
「しょぼくれてるかしょぼくれてないかは別にしてだ」
「喧嘩すればベラボウに強い。空手の猛者も拳銃持った殺し屋も簡単にやっつけたって言ってました」
「誰が?」
「誰だっていいです。名前は言えません」
「そいつは誰か別の奴と取り違えてるんだろう」
「いいえ。取り違えたりしてません。研さんはこの辺では相当有名な人だそうじゃないですか」
「それは大袈裟だ」
「大袈裟じゃありません。しょぼくれたフリをしたって駄目です」
「別にフリなんかしてない。喧嘩なんてすると尾ひれが付いて噂になるからいかんな」
「空手の猛者をやっつけたのは本当でしょう?」
「猛者という程じゃない。黒帯というだけだ」
「拳銃を持った殺し屋は?」
「あれは殺し屋なんかじゃない。人に言われて俺を殺しに来ただけだ」
「それを殺し屋と言うんじゃないですか」
「まあ、そう言われればそうなんだが」
「それを撃退したんでしょ? まだ生きてるんですから」
「あいつはな、喧嘩を仕掛けて来たんだ。そんなことしないで、黙って撃てばよかったんだ。だけど奴は捕まったときのことを考えたんだろうな。喧嘩の上での殺しとなればだいぶ刑が軽くなる」
「拳銃持った人と喧嘩して勝つなんて凄いことじゃないですか」
「拳銃なんて持ってると、どうやっても負けないような感じがしてくるんだろうな。だけど懐に入れたままでは単なる邪魔物だ。俺は、飛んできた弾を手で払いのけたり避けたりしながら相手をやっつけた訳じゃない。奴が拳銃を取り出す前に蹴飛ばしたんだ。そしたらそこが偶々拳銃を挟んだベルトのところだったから、俺の足も痛かったけど、奴の腹はもっと痛くて伸びてしまった。それだけだ」
「それにしたって凄いですよ」
「まあ、こうしてまだ生きているんだから凄いことなのかも知らんが、今はヤクザだって腕っぷしを自慢するような時代じゃないんだよ」
「そういう所が研さんの魅力なんです」
「褒めて貰ったし、俺の用も済んだし、帰るとするか」
「ちょっと待って下さい」
「まだ何か?」
「私と付き合って下さいというお願いはどうなったんですか?」
「だからそれは無理だ」
「無理を承知でお願いしても?」
「あんた、人の物を欲しがる悪い癖があるんじゃないのか? 隣の芝生は青く見えると言って、他人の物は実際以上に良く見えたりするもんなんだ」
「そんなこと言われなくても知ってます。私が研さんに惹かれたのは妙ちゃんよりも先です」
「え?」
「3人で一緒に食事するよりもずっと前のことです」
「ほう」
「研さんが初めてお店に来た時からなんです」
「初めて店に行った時あんたと話なんかしたかな?」
「いいえ。店に入ってきた研さんは私のことをジッと見てました。ところが、そうじゃなくて私の後ろにいた妙ちゃんをジッと見ていたんだってことが直ぐ分かったんです」
「そうだったかな」
「そうだったから妙ちゃんを指名したんじゃないですか」
「いや、妙子の前にあんたがいたということに気が付かなかったと言ったんだ」
「気が付いたら私を指名してくれましたか?」
「さあなあ。それは分からんな」
「私は妙ちゃんより魅力がないですか? 女として劣りますか?」
「そんなことはあんた自身が一番良く知っている筈だ」
「そうじゃありません。研さんの考えを聞いているんです」
「あんたのような美人は、史郎みたいなハンサムで若い男の方が良く似合う」
「あんな人は掃いて捨てる程います」
「そうでもないぞ」
「男は顔じゃありませんよ」
「妙子もそんなこと言ってたな。俺みたいな顔の男にはいい時代になったもんだ」
「研さんの顔だって別に悪くはありませんよ」