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三人と物売りとブリキ缶
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三人と物売りとブリキ缶-1

 ある天気の良い日、彼らは大通りでばったり出会った。彼らとは、この国で1番の富を手にしている商人、美食家、そして貴婦人の3人である。

 貴婦人は優雅に絹のドレスを摘むと微笑んだ。
 「まぁ、商人さん、美食家さん、こんにちは。先日のパーティー以来ですわ。」
 美食家は貴婦人の手の甲に口付けて挨拶をする。
 「やぁこんにちは、御夫人。御夫人のパーティーはいつも趣向が凝らしてあって素晴らしいものですね。」
 商人も美食家に負けじと一礼した。
 「本当に素晴らしいものでした。お招き頂けた事を心より感謝しておりますよ。」
 夫人は万更でも無さそうに、手している色とりどりの宝石で飾られた扇を広げて口元にかざした。
 「大した事ではありませんわ。だって、パーティーでも開かないと、もう退屈で退屈で仕方無いんですもの。」
 美食家は顎髭を撫でながら頷いた。
 「全くです。もう私達にはこれ以上手にすべき富も、食べるべき食材もありませんからね。」
 商人も隣でしきりに頷いた。
 「本当にその通りですね。これ以上お金を増やす必要もありませんしね。もう私達には新しい楽しみが無くなってしまったのでしょう。」
 夫人は広げていた扇をパチリと閉じて二人の顔をみつめた。
 「まぁ。では私達にはもうつまらない事や、恐ろしい事しか残されていないのでしょうか?」
 「つまらない事…それはこの退屈な毎日ですよ。恐ろしい事は、そうですね…まだ食べた事の無い物が、この世界にはもう無いという事実ですね。」
 美食家が夫人に答えると、商人も待ち構えていたように口を開いた。
 「私が恐れるのは、やはりお金がなくなる事ですね。そんな事があればの話ですが。はっはっは。」
 夫人は扇を口元に寄せると二人を見つめた。
 「この国で一番何不自由の無い私達でさえ、このように気掛かりな事がありますのに、貧しい人ならばどれ程恐ろしい事があるのでしょうね。」
 それもそうですね、と商人は考え込んだ。
 すると、隣にいた美食家が、大通りの隅の汚れた物売りに目をとめた。物売りはぼろぼろの布を体に纏い、緑の麻袋を背中に背負って、なんだかよくわからないごちゃごちゃしたものを足元に幾つか並べていた。
 「おい、物売り。」
美食家が大声で呼び掛けると物売りが顔を上げた。
 「はい、どの商品がお望みでしょう。」
 「そうではない、お前に一つ尋ねたいのだ。お前がこの世で最も恐れるものとは何だ?」
 物売りは売り物の小さなブリキ製の丸い缶を手の平に載せて、蓋を開け閉めしながら美食家を見上げた。 「私が最も恐れるもの…。それは…。」
 三人は身を乗り出して、物売りに顔を寄せた。
 「それは…。
それは、その日食べる物が無くなる事でごさいます。」
 「おお、そんな事が。」
二人のやり取りを見ていた商人と夫人は大笑いをしていた。
 「そんな事、私達には全く何の関係もございませんわね。」
 「全くですな、御夫人。やはりしもじもはそれなりの悩み事を抱えているようだ。」
 そう言うと商人はついてもいない服の埃を払った。それを見た美食家も、貴婦人に笑い掛けた。
 「さぁ、もう帰りましょう。私達は私達らしく悩みと付き合わなければならない。来週のイベントを考えたりね。」
 「ええ、本当に。」
 三人は手を振るとそれぞれの屋敷に帰って行った。


 物売りはその様子を見ながら、ブリキの缶の蓋をそっと開けた。
 それから二ヵ月もしない間に、隣の国から沢山の軍隊がやって来て激しい戦争が始まった。隣の国王が企んだ侵略戦争だった。戦火はあっという間に町の全てを焼き尽くしていく。人々は逃げ惑い、口にするものもなく、汚れた水を啜るしかなかった。


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