初めての-2
「さあ、入って。プールへの降り方は…」
「普通に入ればいいんですよね?」
「その通り。」
藤谷さんは後ろ向きになり、梯子を伝ってゆっくりとプールに降りた。私はプールサイドから少し飛び上がり、直立のままでつま先からスルリと入水した。
「あ。」
「ふふぅ、どう?この方がかっこよくない?」
「…ずるい。」
「え?」
「ずるいですよ、そんなにかっこいいの。」
私たちがいる所は水中にプラスチックの台が沈めてあって、他の所よりだいぶ浅くなっている。初心者が基本的な水中感覚を身に着けるための練習場所だ。
「じゃあ、さっき地上でやったみたいに体をまっすぐに伸ばして。そう、いいわ。そしてそのまま後ろに倒れていくようにスーっと仰向けに浮いてみて。」
「はい。」
藤谷さんは、くの字型に体を曲げて手をバタバタしている。浮いている、というよりは溺れている。私は水中で彼女の腰と背中に手を添えた。
「力を抜いて。大丈夫、私が支えるから。」
藤谷さんは顔をひきつらせながらも徐々に力を抜いていった。
「どう?浮いたでしょ。」
彼女は眉間に皺を寄せ、ほっぺたを膨らませたまま、小さく二回頷いた。清純で綺麗に整った顔が無防備に歪んだ変顔を見せられ、笑いをこらえるのが大変だった。
「全身の力を抜きつつ、一本の棒になったような気持ちでまっすぐに。そうそう、いいわよ。」
まだ固さは残るものの、少しは形になってきた。
背中に添えた手を放し、支えを腰の一か所だけにした。すると、彼女はすぐにバランスを崩し、顔が水に沈みそうになった。
「うぶっ…」
私は慌てて首筋とお尻を抱え上げた。
「大丈夫!大丈夫だから落ち着いて。絶対に溺れさせたりなんかしないから。信じて。」
藤谷さんの体からスっと力が抜けるのを感じた。いい具合に浮いている。だけど。
「…。」
彼女は私の方に視線を投げ、少し困ったような顔をしている。浮くのに必死で、しゃべる余裕までは無いようだ。
「どうしたの?藤谷さん。」
なんだか足をもじもじさせている。
『どうしたの?涼水原さん。』
私は答えられない。水が怖くてしゃべれないのもあるけど、自分のお尻に触れている松村先輩の掌の感触を強く意識してしまっているなんて、言えるはずがなかった。
「あ、この手?」
お尻を支えている手を左右に動かした。それは、お尻を撫でるようなかたちになった。
藤谷さんの左頬がピクっとなった。
「気持ち悪い?」
小さく、でもはっきりと2回首を振った。
「じゃ、気持ちいい?」
泣きそうな顔になった。
「うそ、ごめん。」
『じゃ、気持ちいいの?』
これを気持ちいい、と表現していいものかどうか分からない。でも、少なくとも嫌じゃない。松村先輩の掌でずっとお尻を支えられていたいとさえ思う。なんだろうこの感じ。
「しっかり息を吸い込んで。そうすればもっと浮くから。」
藤谷さんは言われた通りにした。彼女の体は私の手を離れてフワリと浮いた。
「よし。」
それに伴い、水面から胸が浮上した。立っている時とは違って重力に引かれているはずなのに、少しも崩れていない。そして、下腹部も水面から少し浮上…。
「ああ!」
「ゴボォ…」
私の急な大声に驚いた藤谷さんは体に力が入り、息を吐いて沈んでしまった。
急いでわきの下に手を入れ、なんとか顔は水面から出したが、パニックになった藤谷さんが暴れて長くはもちそうにない。
「立って!足は着くから、浅いから!」
バタバタしながらも、彼女はなんとか立ち上がり、私にしがみついた。
「ごめんね、溺れさせないとか言っておいて。」
ギューっと抱きしめた。大きく肩で息をする彼女の、体の震えを感じた。
「いえ、あの…大丈夫です。すみません。」
周りの部員が心配して集まり始めた。
「ごめん!ちょっと休憩する。みんなは続けてて。」
藤谷さんの肩を抱きかかえ、プールから上がった。タオルを羽織らせて手を繋ぎ、更衣室へと向かった。