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大晦日の夜に
【青春 恋愛小説】

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大晦日の夜に-7

「ここでいいか?」
 亮太は駅構内の端にあるカフェの前で足を止めた。
 いつもは美咲が行きたがっても、高いから嫌だといって連れてきてくれなかったスタバ。
 これはいよいよおかしい。
 最後だから、わたしの好きな店でさよならしようとしているのかも。
 店の前に立った瞬間、美咲は死刑宣告を受けたような気分になった。
「い、いいよ。どこでも」
「どうしたんだ、おまえ顔色悪いぞ……あ、そうか。先にそれ飲んでたんだもんな、別の店がいいなら」
 亮太がいま初めて気づいたように、美咲の持っているカップを見た。
 もう半分以上溶けてしまっているし、味もよくわからないドロドロの液体。
 まだ三分の一くらい中身が残っている。
美咲は慌ててそれを飲み干しそうとしてゲホゲホとむせた。
「へっ、平気だから。ほら、もう飲んじゃったし」
「大丈夫か……じゃあ、何がいい? 適当に座って待ってろ」
「えっと、甘いラテとかがいい。期間限定のやつ、おっきいサイズで」
「わかんねーよ。珈琲でいいよな」
 レジへ向かう亮太が、ちょっとだけ笑ったような気がした。
 どんな顔の亮太も好きだけど、笑った顔は特別に好き。
 なんだか心がくすぐったくなって、あったかい優しい気持ちになれるから。
 だけど、もう亮太とは一緒にいられなくなるかもしれない。
 来年のいまごろ、彼は他の女の子と一緒に笑っているかもしれない。
やだ、そんなの絶対に嫌。
自分が悪いってわかってるけど。
でも、許してくれたっていいじゃない……。
油断するとすぐに泣きそうになる。
 泣いちゃだめ、泣いちゃだめ。
 美咲が呪文のように同じ言葉を唱えているうちに、巨大なカップをふたつ持った亮太が席に戻ってきた。
 片方のカップにはホイップクリームがどっさり盛られている。
 あまりのカップの大きさに、思わず涙も引っ込んでいく。
「え、一番大きいサイズ頼んだの? びっくりなんだけど」
「なんだよ、おまえが大きいのがいいって言ったんだろ。でも、そうだよな。デカすぎるよな」
 またちょっとだけ亮太が笑った。
 美咲もつられて笑いそうになりながら、ぐっと表情を引き締める。
 今夜は美咲の運命を決定づける日になるかもしれないのだ。
 笑っている場合じゃない。
「それで、話って何?」
「ん?」
「ふたりだけで話したいって言ったでしょ。話って何なの」
 聞かなくてもわかってるし、聞きたくない。
だけど、いつまでも宙ぶらりんのままでいるよりはいい。
 ひと思いに振ってくれたら、いまならまだ葵を呼び戻して失恋の愚痴を聞いてもらうことができるかもしれない。
 焦る美咲に比べて、亮太はずいぶんのんびりした調子で珈琲をすすっている。
「んー、いきなり始めるってのもな……ええと、それ飲み終わってから」
「こんなの真夜中になっても飲み終わんない! いいから、早く言って」
「急かすなよ。俺、あんまりこういう話は」
「もう、言ってよ。怒ってるんでしょ?」
「え? いや、怒ってるのはそっちだろ」
「亮太、絶対怒ってる!」
「俺はべつに……だって、電話の件はアレだろ? おまえの姉ちゃんもうすぐ結婚するから、寂しくて俺に八つ当たりしただけだってわかってるし」
「なんで嘘つくの? わたしがワガママばっかりで、別れるなんて言ったから怒ってるに決まってる! それで、もうめんどくさくなって、本気で別れようって思ってるんでしょ? いいの、覚悟できてるから、早く言って!」
 違う、そういうことが言いたいんじゃない。
 ごめんなさい、許して、って言いたかったのに。
 なんでこんなに馬鹿なんだろう。
 自分が情けなくて腹が立って、美咲はまたぼろぼろと涙をこぼしながらしゃくりあげた。
 亮太はあっけにとられたように、ぽかんと口を開けて美咲を見ている。
「おまえ、俺と別れたいのか?」
「別れたくないから泣いてんじゃない! ほんと、馬鹿じゃないの!」
「そっか。じゃあ、まあ、良かった」
「良くないよ、もう亮太と会えなくなるなんて、わたし絶対やだ!」
「ああ、うん」
「だけど、あれから亮太ったら電話もしてこないし、ずっと不安でどうにかなりそうだった! もう他に好きな子ができたとかだったら、はっきりそう言えば」
「なんでそういう発想になるんだよ。連絡しなかったんじゃなくて、できなかったんだ。年末年始の休み取るために必死こいて朝から晩まで仕事ばっかやってたからな」
「だけど、メールのひとつくらい」
「送ろうと思った。けど、なんかおまえに言いたいことって……そういうのって文字で伝えるモノじゃないと思って」
「そりゃそうよ、メールで別れ話なんかされたら立ち直れないもん」
「いや、だから」
「だいたい、好きじゃないなら最初からそう言えばよかったでしょ。わたし、おねえちゃんみたいに美人じゃないし、魅力ないってわかってる」


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