入浴再び、そしてミッション通告-2
彼女の顔を窺った僕は、驚いた。なんとさっき、一階の自動販売機の前で舞を舞っていた黒髪の人だ。あのときは上品なイメージしかなかったけど、まさかこんなきわどい水着を着て男湯に入ってくるなんて。
「…………」
あまりのギャップに、思考が停止しそうになる。それに加えて、大きなおっぱいがいつ丸出しになってもおかしくない事態に、実梨亜さんのときと同様、お湯の中で下半身に血液が集まり出していた。挙句の果てに、今は男湯なので僕は水着を着ていない。また、先にお湯から出られなくなった格好だ。
(早く出て、早く出て、早く出て、早く出て……)
僕は忍者のように両手で印を結び、女の人が早く湯船から出てくれるよう精神集中してテレパシーを飛ばした。だが、先方で着信を拒否っているのか、一向に届く気配がない。そのうち向こうから話しかけられてしまった。
「さっきから、何をなさっているんですの?」
「あっ、これはその……」
「見たところ、学生さんのようですわね。お一人ですの?」
「え、ええ。そうなんです。一緒に行く相手がいなくて……」
話題が逸れたのを幸い、僕は正直に答えた。
「あら、そうですの。切ないですわねえ」
(余計なお世話だ……)
少しイラッとする。だが、次に彼女はおかしなことを言った。
「まあ、切ないと言えば、わたくしも同じようなものなのですけれど……」
「……え?」
実梨亜さん達と一緒に来ているはずだから一人ではないはず。切ないってどういうことなんだろうか。
「ええと、お姉さんは……」
「菊紅鎖和乃(きくべにさわの)ですわ。鎖和乃とお呼びくださいませ」
「……幸島照羽です。それで、鎖和乃さんは何が切ないんですか? あ、もちろん言いたくなければ無理にとは……」
「聞いてくださいます!?」
ザバッ!
鎖和乃さんはお湯をスプラッシュさせつつ、僕の正面に回り込んで来た。顔が近い。お湯の下のおっぱいはもっと近い。
「うっ……」
正直、どうしても聞きたいというほど興味があるわけではなかったが、完全に後ろの壁に追い詰められた状態では、やっぱりいいですとは言えなかった。
「は、はい……話してもらえるなら……」
「では聞いてくださいまし。実はわたくし、親の決めた許嫁と無理やり結婚させられるんですのよ……」
横を向き、ハァ〜と鎖和乃さんは大きなため息をつく。なるほど。そういうことか。親が結婚相手を決めるなんて近頃じゃまず聞かないけど、鎖和乃さんは舞踊をやっている。実家が踊りの家元か何かで、しがらみがあるのかも知れない。
「そ、そーですか……大変ですね……」
「しかもその相手というのが、お金だけあって、後はどうしようもない放蕩息子なんですのよ。結婚なんて死んでも嫌ですわ」
「……そうなんですね」
ということはおそらく、鎖和乃さんの実家が相手先の資金目当てにやる、政略結婚だろう。だとしたら、僕にはどうにもできそうにないが……
「わたくしの実家は、舞踊の家元で、相手の男の家からはたびたび援助を受けていたんですのよ……」
「へ、へえ……鎖和乃さんも、踊りとかやるんですか……?」
僕がとぼけて言うと、鎖和乃さんは首を傾げて言った。
「やるんですか……って、照羽様、先程わたくしが稽古しているのをジロジロ御覧になってましたわよね?」
「え!?」
まさか、気付かれていたのか。物音を立てたつもりはなかったんだけど。
心臓が早鐘を打つ。
「さ、鎖和乃さん、気が付いて……?」
「あんなにねっとりした視線で舐め回すように見られたら、嫌でも気が付きますわ。おかげ様でわたくしも、つい稽古に熱が入ってしまいましたわよ。おほほほほ……」
着ているものとは真逆に、上品に笑う鎖和乃さん。とりあえず不快には思っていないようなので、僕は少し安心した。
「まあ、そんなことはどうでもいいですわ。それより結婚の方、破談になってほしいですわあ……」
うつむく鎖和乃さん。話題が元に戻ったのを幸い、僕は聞いてみた。
「鎖和乃さんの方からは、断れないんですよね……?」
断れないから悩んでいるに決まっているので愚問だが、まあ話のとっかかりだ。鎖和乃さんが答える。
「今までの援助もありますし、こちらからは断れませんわね。向こうから破談にしてもらうしかないのですけれど……」
「……そんなこと、できるんですか?」
「そうですわね……方法が、ないことはないんですけれど……」
意外な答えである。僕は面食らった。
「え? あるんですか? 一体どんな……」
「方法というよりは、偶然に任せるしかないのですけれど……」
「偶然……?」
ますます訳が分からない。鎖和乃さんは少しの沈黙の後、説明を続けた。
「……わたくしが、処女でなくなればいいのですわ」
「しょ、処女!?」
「はい……わたくしが処女でなくなれば先方から破談にしてくださるんですのよ……相手の男が、処女と結婚することにこだわっていて」
「な、なるほど……」
そういう男もいるのだろう。でも、それなら……
「でも、それなら、鎖和乃さんが誰かとセックスをしたらそれでOKなんじゃ……?」
鎖和乃さんは首を横に振った。
「そういう訳にはいきませんわ」
「ど、どうして……?」
「わたくしが別の殿方と合意の上で処女を捧げれば、こちらから裏切ったことになりますわ。それでは実家の菊紅家は、永久に援助を断たれてしまいますのよ……」
「そんな……じゃあどうしたら……?」
「どなたか……わたくしの貞操を無理やりに蹂躙してくださる方がいらっしゃれば……」
「え?そ、それじゃ強姦……」
「そういうことになりますわね」
鎖和乃さんは、きっぱりと言い切った。