密室で誘惑-2
「…。」
「どうしたの?清志くん。」
彼は小さな声で囁いた。
「え、しゃべっていいの?」
プッ。
私は思わず吹き出してしまった。
「いいわよ。」
「でも、諒子さん、すごく真剣だったから。」
頷いた。
「そう、真剣よ。でもね、音楽なんてかしこまって聴くもんじゃないわ。」
「?」
「うーん、例えていうなら…。お笑い芸人さんたち、真剣に笑わそうとしてるでしょ?でも見る方は笑いたければ笑うだけ。芸人さんと真剣勝負みたいにガチガチになってたら笑えない。」
「あーそうか、なんとなく、分かるような。」
「私はいい音楽をいい音で鳴らすことには真剣になるけど、聴くのはテキトー。音楽ってもともとそういうもんだし。」
「もともと?」
清志くんは興味深々な表情で私を見つめている。
「ねえ、クラシック音楽、ってどんなイメージ?」
彼は眉間に皺を寄せた。
「研ぎ澄まされた音を心に染み渡らせて聴く。」
「ブブー。」
「違うの?」
「喫茶店のBGMよ。」
「は?」
「貴族のサロンで飲んだり騒いだりする時のBGM。それがもともとのクラシック音楽。」
「えー!」
「クラシック、って古典とか至高の、とか訳すから誤解されるの。あくびして、屁ーこいて、聴き流せばいいのよ。」
「屁…。」
マズ…。地が出ちゃった。
「あくびして、へえー、って言って聴き流すの。」
「ああ、なるほど。」
この子は知的な女を求めている。自分の知らなかった世界を見せてあげれば。
「すごいね、諒子さん。医学以外にもいろんなこと知ってるんだ。」
よし。喰いついた。次のステップ、行きますか。
「私もそっちでお茶飲もっと。」
オーディオ装置から離れ、清志くんの座っているローファーに向かって歩きだした。
が。
「ああっ!」
私は絨毯でつまずき、うつ伏せに倒れそうになった。
わざと、ね。
床に手を付けば、位置関係的に清志くんの視点からはバッチリ見えるのだ、大きく開いた私の胸元が。
だが。
元々運動神経の弱い私はコントロールを誤り、ガラスのローテーブル目掛けて一直線…。
避けられない。避けれるわけが無い。私を誰だと思ってんのよ。…ケガで済むかなあ。
スローモーションの様にガラス板がグイグイ迫って来る。